東北(旧奥州)各地の言語資料を基に、
接尾語「こ」の、主格助詞「が」に対応
する用法について整理しました。
編集者:千葉光
目次:
01. 助詞の機能02. 主格助詞としての機能
・自動詞が続く例
・他動詞との比較
・受身の表現が続く例
・形容詞が続く例
03. 各地の言語資料の用例より
【青森】津軽
【秋田】全般
【岩手:旧南部領】全般
【宮城】県北
04. 編集後記
助詞の機能
東北の話し言葉には、助詞「は」「が」「を」の用法が、もともとありません。
一方、名詞に付く「こ」には、文脈により、
これらの助詞に相当する機能があります。
東北言葉の公用語化において、接尾語「こ」
を、これらの助詞に相当する用法として整理
していきます
その上で、接尾語でありながら、助詞に相当
する機能を有することを踏まえ、「接尾助詞
」という概念を用いることとします。
主格助詞としての機能
対象の名詞が話者によって具体的に把握されている状況で、接尾語「こ」が主格助詞
「が」に相当する機能として、使われる傾
向にあります。
参照:【こ:もう一つの重要な機能】
この機能を踏まえた上で、接尾語「こ」の、 主格助詞「が」に対応する用法について、 用例を交えながら整理していきます。
ただし、対格助詞「を」に対応する用法
に比べ、使い方は限定されます。
参照:【こ:接尾助詞 - 対格に対応】
尚、用例については、公用語として文章語な
どで使われることを想定しているため、現代
的なことを意識して作成しましたが、東北各
地の言語資料に見られる話し言葉としての、
生活感に基づいた用例と比べると、違和感が
あるかもしれません。
自動詞が続く例
「こ」の後に自動詞が続く用例を、項目ごとに作成しました。
後に自動詞が続く場合、対象の名詞に「こ」
が付きやすいようです。
これは、話者が自動詞を使う場合、たいてい
目の前の物事や事象など、対象の名詞を具体
的に把握した状況で使う傾向にあるためと思
われます。
自然:
・気温こ 上か゚る
(気温が上がる)
・雨こ 近づえでだ
(雨が近づいている)
・水面さ 葉っこ 浮ぎだ
(水面に葉が浮いた)
生活:
・まなぐこ 回った
(目が回った)
・我さ 自身こ 付ぐ
(自分に自身が付く)
・伝言こ とづえだ
(伝言が届いた)
・つける薬っこ ねァ
(つける薬がない)
・鉛筆の先こ もけ゚だ
(鉛筆の先がもげた)
文化:
・寺の鐘の音っこ 鳴った
(寺の鐘の音が鳴った)
・会場さ 楽器の音色こ 響ぐ
(会場に楽器の音色が響く)
経済:
・商品の受注っこ 増える
(商品の受注が増える)
・工事の時期こ 近づぐ
(工事の時期が近づく)
災害:
・エンジンがら 火っこ 出た
(エンジンから火が出た)
・施設の変圧器がら しこたま 油っこ むった
(施設の変圧器から、大量の油が漏れた)
IT:
・数件の情報っこ ある
(数件の情報がある)
・メッセージこ 削除さえだ
(メッセージが削除された)
・メールさ 個人情報っこ 含まえでだ
(メールに個人情報が含まれている)
他動詞との比較
同じ名詞で、「こ」の後に自動詞・他動詞が続く用例を作成しました。
【上段】こ(主格助詞として)+自動詞
【下段】こ(対格助詞 〃 )+他動詞
・気温こ 上か゚る(気温が上がる)
・気温こ 上け゚る(気温を上げる)
・扉こ 閉まる(扉が閉まる)
・扉こ 閉める(扉を閉める)
・通信こ 繋か゚る(通信が繋がる)
・通信こ 繋け゚る(通信を繋げる)
・書類っこ とづぐ(書類が届く)
・書類っこ とづげる(書類を届ける)
・可能性っこ 拡か゚る(可能性が拡がる)
・可能性っこ 拡け゚る(可能性を拡げる)
・まなぐの色こ 変わる(目の色が変わる)
・まなぐの色こ 変える(目の色を変える)
・パスワードっこ 変更さえだ(パスワードが変更された)
・パスワードっこ 変更する(パスワードを変更する)
受身の表現が続く例
「こ」の後に、受身の表現が続く用例を作成しました。
自動詞と同じく、話者は対象の名詞が頭に思
い浮かんだ(具体的に把握した)状況で使う
ことが多いはずです。
後に受身の表現が続く例:
・共通点こ 判明する
(共通点が判明する)
・台風っこ 発生した
(台風が発生した)
・消化訓練こ 実施さえる
(消化訓練が実施される)
・おもせ動画こ 投稿さえでだ
(面白い動画が投稿されている)
・線状降水帯っこ 形成される可能性
(線状降水帯が形成される可能性)
・紙の保険証っこ 廃止さえる
(紙の保険証が廃止される)
・指紋こ登録さえでだ
(指紋が登録されている)
・流水ボタンこ 若干きつぐ 設定さえでる
(流水ボタンが若干強めに設定されています)
・マイナンバーカードど 健康保険証っこ 一体化さえる
(マイナンバーカードと健康保険証が一体化される)
形容詞が続く例
「こ」の後に、形容詞が続く例を作成しました。後に形容詞が続く場合も、対象の名詞に
「こ」が付きやすいようです。
全ての状況に当てはまるか検証が必要です
が、自動詞と同様、対象の名詞が具体的に
把握された状況で使われる傾向にあるため
と思われます。
後に形容詞が続く:
・ 関連性っこ 高え
(関連性が高い)
・範囲こ 広え
(範囲が広い)
・天候不順で 野菜っこ 高え
(天候不順で野菜が高い)
後に形容詞ク活用が続く:
・勉強っこ 楽しぐなる
(勉強が楽しくなる)
・芝居っこ 面せぐなる
(芝居が面白くなる)
言語資料の用例より
東北各地の言語資料より、「こ」が主格に対応している用例をとりあげます。
※対応箇所に下線を施しています。
【青森】津軽地方
青森方言管見(日野資純, 1958年:国語学34号所収)◯コゴノオ宮ニ、カンブト カブッテイル<補足>
ヘンビコ 居タジバテ
(ここのお宮に、かぶとをかぶっている
〔頭部の両側に突起を持った〕蛇が居たというが。)
「ヘンビコ」が「蛇が」に対応し、
自動詞「居タ」が続いています。
【秋田】全般
秋田方言(秋田県学務部学務課, 1929年)第二編 方言の語法的考察<補足>
(二)名詞の下に接尾語をつけること。
よーよ(漸く)卒業こぁでぎだんしてぁ。
(卒業が出来ましたよ)
接尾語「こ」に付く小文字「ぁ」が、
「が」に対応しているかもしれません。
【岩手:旧南部領】全般
岩手方言の語源(本堂寛, 2004年)「ベゴッコ エサッコ ハダッテラジェ」<補足>
(牛が餌を催促しているよ)
「ベゴッコ」が「牛が」(主格助詞)に対応
し、「エサッコ」が「餌を」(対格助詞)に
対応しています。
これは話者が、目の前の牛(対象の名詞)
が餌を催促していることを具体的に把握し
ている状況のため、無意識に「こ」を付け
たと思われます。
【宮城】県北
石の巻弁 語彙編(弁天丸孝, 1932年)さきぺ、ちきぺこ<補足>
〔意味〕物の突端。
〔用例〕「鉛筆の さきぺこ もげてしまった」
用例で、「さきぺ」に「こ」が付き、
自動詞「もげて」が接続しています。
これは話者が、目の前の鉛筆(対象の名詞)
の先がもげていることを、具体的に把握して
いるため、無意識に「こ」を付けたと思われ
ます。
編集後記
東北(旧奥州)の言語を未来へ継承していくためには、公用語化が不可欠です。
「奥州語の文法」は、国語の東北版です。
東北各地の言語資料を基に、東北の広範囲
に共通の用法で構成されており、書き言葉
として、文書や記事などに使うことを想定
しています。
公用語化により、次世代に言語を継承できる
環境を整えていければ幸いです。
編集者:千葉光