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9/14/2024

目落どす:②語源編

東北(旧奥州)各地の言語資料を基に、
「目落どす」の語源を中心に整理しました。

編集者:千葉光

目次:
・語源①:目を落とす
  【秋田】語源探求 秋田方言辞典
  【仙台】仙台方言辞典
  【津軽】続津軽のことば 第五巻 補遺編五
・語源②:命(めい)落とす
  【秋田(鹿角)】鹿角方言考補遺
・編集後記

【目落どす】①用法編

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語源①:目を落とす

「目落どす」の語源について、東北各地の
言語資料では、「目を落とす」が一般的で
すが、一方で「命(めい)落とす」(落命)
とする説もみられます。

ここでは、語源を
①目を落とす
【秋田】語源探求 秋田方言辞典
【仙台】仙台方言辞典
【津軽】続津軽のことば 第五巻 補遺編五

②命(めい)落とす
【秋田(鹿角)】鹿角方言考補遺
に分けて整理します。

まずは「目を落とす」という語について、
「精選版 日本国語大辞典」より引用します。

精選版 日本国語大辞典(小学館)
目を落とす

① 目を下に向ける。視線を下に落とす。下を向く 。
※青春(1905‐06)〈小栗風葉〉夏
 「溜息を附いて、目を膝の上に落とす」

② (目をつぶる意からか) 死ぬ。落命する。
--- 引用ここまで ---

東北では②の意味で使われます。
①でとりあげている文献は明治時代のもの
ですが、江戸時代以前の文献にはみられな
いようです。

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語源① ↑

【秋田】
語源探求 秋田方言辞典(中山健, 2001年)
め おとす〔句〕
〔意味〕息が絶える。死ぬ。

〔メ オトス〕
鹿角郡 山本郡 南秋田郡

〔メ オドス〕
北秋田郡 南秋田郡 秋田市 仙北郡 平鹿郡
雄勝郡 由利郡

〔用例〕
「本家ノ 婆ッチャモ 今シカ°ダ メ オドシタド」

《めを おとす》
青森県三戸郡 宮城 福島 福井 宮崎市
鹿児島肝属郡

《め おとす》
青森 宮城石巻・仙台市 山形
新潟東蒲原郡

《めー おとす》
岩手上閉伊郡・気仙郡 宮城仙台市
山形 福島東白川郡・西白河郡
新潟中蒲原郡・上越市 長野佐久

《みー うとぅしゅい》
鹿児島喜界島
           〈『日本方言大辞典』〉

〔語源考察〕
ⓐ『鹿角方言考』は、
「命(めい)落(おと)すの略、死ヌ。
落命なる熟語を訓読せる語。〈略〉典に
此語を解して“目ヲ落トスノ意”とせる
には呆然たらざるを得ず、〈略〉未だ曾
て落目の熟語あるを聞かず。又死に際し
て目は落ちはせず。反対に眼球は吊り上
がるにあらずや」
としている。

しかし、これは漢語にこだわった語源説で、
ⓑ「目を 落とす」で瞑目する意を表した
ものであろう。

目を 落とす〔句〕
①視線を下に落とす。下を向く 。
*青春〈小栗風葉〉夏・一〇
 「溜息を附いて、目を膝の上に落とす」
② (転じて) 死ぬ。瞑目する。

―この②に基づくもの。
<『日本国語大辞典』>
--- 引用ここまで ---


意味として
・息が絶える
・死ぬ
をあげ、日本国語大辞典の②に基づくもの
としています。


語源は「目を落とす」で、「瞑目する意を
表したものであろう」としています。

鹿角方言考でとりあげている「落命」の訓読
「命(めい)落とす」については、漢語にこ
だわった語源説として、否定的な見方をして
います。


秋田県内の「メオス」「メオス」の分布
を示していますが、濁音「ド」の方が使用
範囲が広いことが分かります。
東北の言語では、二音目の「か・た」行が
濁音化する傾向にありますが、この分布は
それを示すものです。


全国的分布としては、東北と周辺の新潟県
東蒲原郡(旧会津藩)・中蒲原郡・上越市、
長野県佐久に、また、助詞「を」の伴った
「目落とす」が、遠く離れた福井、宮崎
、鹿児島にみられます。

東北から拡がるように分布していることを
踏まえれば、「目落どす」は東北独自の語
と捉えることもできます。

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語源 ↑

【仙台】
仙台方言辞典(浅野建二, 1985年)
メーオドス(句)〔←目(を)落とす〕

〔意味〕息が絶える。死ぬ。

〔解説〕
語源について「落命」の訓読「命(メイ)
落(オト)ス」とする説(鹿角方言考)
もあるが採らない。
「目を落とす」は瞑目するの意であろう。

方言としては、東北の外に、新潟・福井・
宮崎・鹿児島の諸県にあり。
--- 引用ここまで ---


意味として、
・息が絶える
・死ぬ
をあげています。


語源について、鹿角方言考でとりあげている
「落命」の訓読「命(メイ)オトス」につい
ては否定的な見方をしており、「目を落とす
」は瞑目するの意であろうとしています。


全国的分布としては、東北の外に、新潟・
福井・宮崎・鹿児島の諸県にありとして
います。

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語源① ↑

津軽
続津軽のことば 第五巻 補遺編五(鳴海助一, 1967年)
めおどし
 連語。めおどし(す)。

これは「息絶える」「死ぬ」
「目の生気を失い息が絶える」。
「目を落とす」である。
「目をつぶる」も死を意味することがある。
「おとす」は「命をおとす・落命」などから
きたものか。

津軽では「死ぬ」が最も多く用いられるが、
やや上品な言い方では「なくなる」。
粗暴なのは「くたばる」。その外に「往生す、
往生申す」と、この「めおどす」が用いられる。

※アノ、エメンドリコァ、トウト、ケサ
 めおどしタデァ。トリデモ、
 ベオキネ、カダエナェネナ。
◯あの、よい(卵をよく生む、かわいい)
 めんどりがとうとう、けさ死んだよ。にわとり
 でもやはり、病気にはかてませんネ。

※バサマ、タッタエマ、めおどしマデ、
 マゴンドノ、ナマェコヨバテエタツサネ。
 アラホド、メンゴガテラェダオンネシ・・・。
◯おばさん、なくなる間ぎわまで、お孫さん
 (孫さんたち)の名前を呼んであったそう
 ですよ。あれほど、かわいがっていたん
 ですオンネ・・・。

「死ぬ」の意味に「めおとす」を用いる地方は
全国方言辞典によると、青森・岩手・
宮城・福島・福井・鹿児島とあり、平凡社大辞典
にも、宮城県仙南地方・越前とある。秋田・山形
にはなかったのか。あるいは仙台・岩手・南部・
津軽と広まってきたものか。それにしても能田
多代子氏の「五戸の方言」には見当たらないよう
だが・・・。
また、関東・関西方面にはほとんど例がなくて
はるかに、福井県と南の鹿児島とにある、とい
うのも奇異の思いがする。
--- 引用ここまで ---


この資料では、見出し語を「めおどし」と
表記していますが、語尾に「す」と補足し
、連語(複合動詞)であることを示してい
ます。
解説にも、<「めおどす」が用いられる>と
あり、あくまでも動詞として扱っています。

用例も「めおどし」と表記していますが、
・めおどタ(連用形)
・めおどし(す)マデ(終止形)
となり、名詞形ではありません。

「津軽のことば」シリーズでは、「し・す」
を中間音として「し」に統一表記する傾向
にあります。

他の収録語彙では
ぐだまる(ぐだまる)
ける(ける)
などが見られます。


意味として
・息絶える
・死ぬ
・目の生気を失い息が絶える
・目を落とす
をあげています。


語源について、「おとす」は「命をおとす
・落命」などからきたものかとしています
が、「目をつぶる」(瞼が下に落ちる)も
死を意味することがあることを踏まえれば、
前者を語源として捉えるのは難いかもしれ
ません。

「命を落す」は文字通り、「命」を落とす
ことですが、「目」を落とすとはならない
からです。

津軽で用いられる表現は「死ぬ」以外に、
・なくなる(やや上品)
・くたばる(粗暴)
があり、その外のカテゴリーとして、
・往生す(仏教用語)
・往生申す(へりくだった表現)
・めおどす
をあげています。
「めおどす」が丁寧な表現として認識されて
いることが窺えます。


全国的分布の解説にて、全国方言辞典に秋田
・山形が抜けており、「五戸の方言」(能田
多代子著)にも見当たらないことを指摘して
います。
これについて調べたところ、秋田・山形の
言語資料および「青森県五戸語彙(1963年)
」にも掲載されていることを確認済です。

東北以外では、遠く離れた福井・鹿児島に
みられ、関東・関西方面にはほとんど例が
ないようです。
これは「目落どす」が実質的に東北独自の
語であることを示しているといえます。

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語源① ↑

語源②:命(メイ)落とす
「目落どす」の語源を、漢語の「落命」から
「命(めい)落とす」に求める言語資料も見
られます。
ここでは「鹿角方言考補遺」をとりあげます。

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【秋田(鹿角)】
鹿角方言考補遺(大里武八郎, 1959年)
め-おと・す

〔解説〕
命(メイ)落(オト)スノ略、死ぬ。
落命(ラクメイ)ナル熟語ヲ訓読セル語、
「某もとうとう-め-おとした=とうとう
なくなつた」

東北地方ニハめいト略スル如ク
総シテ長ク引ク音ヲ引カズニ済マス通癖アリ、
命日めにち叔姪ノ間ヲをぢめの中ナド。

典ニ此語ヲ解シテ「目を落すの意」ト
セルニハ呆然タラサルヲ得ズ、
此ノ地方ノ人ハ皆命を落すノ意ニテ
使用スルモノヲ。

落命ノ語ハ吾人ノ耳ニ塾スレド、
未ダ曾テ落目ノ熟語アルヲ聞カズ。

又死ニ際シテ目ハ落チハセズ。
反対ニ眼球ハ吊リ上ガルニアラズヤ。
--- 引用ここまで --- *下線は当方にて

この資料では、語源を「落命」の訓読
「命(メイ)落(オト)ス」としています。

この説について「語源探求 秋田方言辞典」
では「漢語にこだわった語源説」として
否定的な見方をしており、「仙台方言辞典」
も同様です。

「命(メイ)- オトス」は音読・訓読の
組合せですが、「目(メ)- オトス」が
訓読同士の組合せであることを踏まえれ
ば、用法として不自然であることは否め
ません。

訓読同士の「エノヂ(命)- オドス」として
使う方が楽なはずです。

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語源② ↑

編集後記

東北(旧奥州)の言語を未来へ継承していく
ためには、公用語化が不可欠です。

「奥州語の文法」は国語の東北版として、
東北各地の言語資料を基に、東北の広範囲
に共通の用法で構成されており、書き言葉
として文書や記事などに使うことを想定し
ています。

この東北共通の書き言葉が、東北各地の言語
の地域公用語化を促進し、未来へ言語を継承
するための原動力となれば幸いです。

編集者:千葉光

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