言語)の公用語化の一環として、東北各地
の言語資料を基に、「けせァー」の意味・
表記・用法・原形について整理しました。
編集:千葉光
目次:
01. 意味・表記02. 用例
- 接続助詞①:「て」に接続(して)
- 接続助詞②:「で・て」に接続(一段・カ変・サ変)
- 接続助詞③:「で」に接続(動詞 - 未然形)
- 動詞連用形:「で・って」に接続
- 助詞・名詞・副詞に接続
- 否定疑問文(文末)
03. くれなされ系
- 分類①②:くれなされ系
- 分類③ :しゃえ・あんす系
04. 発音記号
05. 各地の言語資料より
【青森】津軽 南部
【秋田】県南・由利
【岩手:旧南部領】北部
【山形】庄内 最上
【宮城】三陸
【福島】会津 浜通り南部(いわき地方)
06. 編集後記
意味・表記
※「え・あ中間音」を、変体仮名を用いて表記〔参照〕【え・あ中間音】母音・子音表記の一覧
テキスト表記版:
けせァー
〔意味〕下さい
〔原形〕くれなされ
〔用法〕「けせァ」(短音)との併用化
※え・あ中間音(変体仮名で表記)
長音:せァー
短音:せァ
以降、画像以外の箇所は「けせァー」と表記します。
用例
「けせァー」の用例について、六項目に分けて整理しました。接続助詞①:「て」に接続(して)
「して(サ変動詞連用形+接続助詞)」に接続する用例です。
【して+けせァー】
接続助詞②:「で・て」に接続(一段・カ変・サ変)
一段・カ変・サ変動詞に続く接続助詞「で」に接続する用例です。
【接続助詞「で・て」+けせァー】
※促音「っ」に続く場合は濁音にならず、
清音になります。
接続助詞③:「で」に接続(動詞 - 未然形)
四段動詞(未然形)に続く接続助詞「で」に接続する用例です。
【接続助詞「で」+けせァー】
※奥州語の文法では「オ段」に活用しない
ため、「四段動詞」としています。
動詞連用形:「で・って」に接続
四段動詞(連用形)の「で・って」に接続する用例です。促音「っ」に続く場合は濁音にな
らず、清音になります。
【動四 - 連用形「で・って」+けせァー】
※奥州語の文法では「オ段」に活用しない
ため、「四段動詞」としています。
助詞・名詞・副詞に接続
助詞・名詞・副詞に続く用例です。【助詞・名詞・副詞+けせァー】
〔名詞〕一づ=一つ こえづ=これ
〔助詞〕さ=に さも=にも
〔副詞〕まっと=もっと まるっと=全部 しこたま=たくさん
否定疑問文(文末)
「くださいませんか」に相当します。津軽の言語資料の用例を基に作成し
ました。
【否定疑問文】文末
尚、この用法は、津軽以外の地域の資料では
確認できていません。
くれなされ系
「けせァー」は「くれなされ」に基づく語ですが、この系統の東北各地の語形につい
て、分類①②に整理しました。
分類③には、「ける」の活用形に尊敬・丁寧
の意の命令形が付いた語形について、整理し
ました。
当方では東北共通の語として、「けせァー」
を提唱しています。
語形を構成する「け」「せァー」が分類①
~③に含まれ、東北共通の要素があること、
尚且つ、二音節であることの使いやすさを
踏まえたものです。
分類①②:くれなされ系
「呉れなされ」に基づく各地の語形です。※語幹などを「・」で区切っています。
【分類①②】くれ・な・され
【分類①】
け・さえ:青森(南部)・岩手(南部・伊達)・宮城
↓
≪転訛≫
け・せァー(け・せえ):青森(南部)・山形(庄内)・宮城
- け・へァー:青森(津軽)
- けっ・せ :青森(南部)
- け・っちゃ:秋田
- けぁん・せ:秋田 *
け・さー:岩手(南部)
【分類②】
くれっ・せ :福島(会津)
くっ・せ :福島(浜通り南部)
くれ・やれ :福島(中通り中部)
け・やれ :福島(会津)
*「けぁんせ」は、分類③「けらんせ」の転訛の可能性も有ここに挙げた語は、「くれ・な・され」の
「な」が抜け、「・」で区切った二か所に
対応しています。
分類①では「けさえ」の連母音が融合して
「けせァー」となり、その派生形として、
「けへァー・けっせ」などがあります。
※「けっちゃ」の経路は、
≪けさえ→けっさえ→けっさ→けっちゃ≫
と思われます。
分類②は福島の言語資料からの引用ですが、
「くれ」が「け」に転訛しない語形が見ら
れます。
ける(終止)、けろ(命令)は福島にも見
られますが、丁寧語に関しては「くれっせ
・くっせ」は「けっせ・けせ」とはならな
いようです。
尚、「けやれ・くれやれ」の「やれ」は、
「され」の転訛と思われます。
分類③:しゃえ・あんす系
「ける」の活用形に尊敬・丁寧の意の命令形「しゃえ」「あんす」などが付いた語につい
て整理しました。
【分類③】
〔しゃえ系〕
け・らっ・しゃえ:山形(内陸)
け・らっ・しぇ :山形(内陸)
け・らっ・さェ :岩手(南部)
け・ら・しェァ :岩手(南部)
け・らっ・せ :岩手(伊達)
け・ら・えん :岩手(伊達)
け・ら・え :岩手(伊達)
け・な・え :秋田
〔あんす系〕
け・らん・せ(しぇ):秋田
け・なん・せ(しぇ):秋田
「語源探求 秋田方言辞典」では、助動詞
「しゃる」の命令形シャイ(しェア・せァ
・しぇ)の付いた形と、「あんす」の命令
形「あんせ」の付いた形を別系統としてい
ることから、「しゃえ系」「あんす系」に
分類しました。
発音記号
「けせァー」について、発音記号を示した宮城の言語資料をとりあげます。
宮城県史20 民俗Ⅱ(宮城県史編纂委員会, 1960年)
方言(藤原勉)
けさい ケセエー kesɑeː〈kɯresɑe
〔解説〕
くれさえの約。サエはセラルの命令形
すなわち serɑre〉sɑre〉sɑe で
ス に敬語の助動詞ラルがついたもの。
せぇいん sɛːn
〔解説〕
苅田郡村田町で店に買い物に行ったときいう
言葉。
ケサエ kesɑe〉 ケセェ kesɛ〉 ケセェーン kesɛːn
くれなさいの転のケが落ちたもの。
【補足】
この資料では、見出し語を標準語音で、
次に片仮名と万国音表文字で実際音を
記し、音韻変化の順序も示しています。
見出し語の「けさい」は標準語音です
が、実際音は「ケセエー」と表記して
います。
解説を基に経路を整理すると、
《くれ(な)され→くれさえ→けさえ→けせえ》
となります。
発音記号については、二つ目の見出し語
の「せぇいん」と、解説の「ケセェ」に
オープンE音 /ɛ/ を用い、/sɛːn/ /kesɛ/ とし
ています。
これは、連母音「さえ(さい)」が /sɛ/
となっていることを示しています。
各地の言語資料より
各地の言語資料より、関連する語彙の意味・用例などを整理しました。
*言語資料名の( )内は、著者・発行年
【青森】津軽地方
青森県方言集(菅沼貴一, 1936年)ケヘ※下線は当方にて
〔区域〕津軽
〔解説〕
店に買物に行つた時云ふ言葉「下さい」
この子がケェネェがら面倒みでケヘ。
壹銭代ケヘ。
〔敬譲助動詞〕
「へ」(津) 「さい」(南) 「さまえ」(下北)
常語「なさい」にあたる。
「けへ」(津) 「けさい」(南)
常語「呉れなさい」にあたる。
○兄ア見てけへ。
(兄サンミテクレナサイ)
○見イヘ、いい景色でせア。
(ゴランナサイヨイ景色デスヨ)
○丁寧にうづしてけへ。
(テイネイニウツシテ下サイ)
○丁寧にうづさまえ。
(テイネイニウツシナサイ)
〔代名詞〕
そこのところさおいてけへェ。
(ソコノ所ヘオイテ下サイ)
あっこごとならしてけへェ。
(アスコヲ平坦ニシテ下サイ)
こっちさこいへェ。
(コッチヘオ出デナサイ)
【補足】
津軽では「せ」が「へ」に転訛する傾向にあ
り、「けせ」は「けへ」となります。
代名詞の項目の用例では、「けへェ」と語尾
が長音になっています。これは「けさい」が
≪けせァ → けへァ・けへェ≫と転訛したこ
とを示すものです。
【青森】南部地方
青森県南 岩手県北 八戸地方 方言辞典(寺井義弘, 1986年)けさえ(句)
〔意味〕ください。(卑語)
けせ(句)
〔意味〕ください。右語の訛語。
【補足】
「けせ」を「右語(けさえ)の訛語」として
います。「右語」と記載があるのは、資料上
、見出し語が右から「けさえ」「けせ」と続
いているためです。
南部のことば(佐藤政五郎, 1982年)
けせぇ
〔意味〕呉せぇ―ください
ける〔呉れる〕
○けさい(ください)
○けしゃい(ください)
○けせぇ(ください)
○けでけせ(呉れてください―ください)
○けっせ(呉れなさい―ください)
【補足】
「けさい」は「けしゃい・けせぇ・けせ・
けっせ」ともなります。
「けっせ」の意味について、「呉れなさい」
とありますが、これは「呉れなされ」が基
の語形であることを示すものです。
尚、福島(会津)の言語資料には「けっせ」
の「け」が転訛しない「くれっせ」があり、
いわき地方には、似た語形の「くっせ」が
あります。
【秋田】県南・由利
秋田方言(秋田県学務部学務課, 1929年)けぁんせ(連)
〔意味〕下さい。
〔例〕「うまいものけぁんせ。」
〔方言採集地〕平鹿郡
けっちゃ(連)
〔意味〕下さい。
〔用例〕「菓子を私にもけっちゃ。」
〔方言採集地〕雄勝郡・由利郡
【補足】
「けせァー」に語形が近い「けぁんせ」に
ついて、「語源探求 秋田方言辞典」では、
≪ケランセの転化とも考えられるが、ケル
の連用形のケにアンセの付いたケアンセの
転であろうか≫としています。
「けァんせ」の原形を「くれなされ」系に
求めるならば、≪くれなさえ→くれなせ→
けなせ→けなんせ→けあんせ→けァんせ≫
という経路も考えられます。
「けっちゃ」の経路について、当方では、
≪けさえ→けっさえ→けっさ→けっちゃ≫
と考えています。
事例を挙げると、「さま(様)→ちゃま」
と転訛するように、「けっさ→けっちゃ」
という経路で転訛した可能性も考えられ
ます。
尚、青森の「南部のことば」に「けっせ」
という、同じく促音「っ」の入った語形が
見られます。
これは、≪けさえ→けっさえ→けっせ≫
という経路と思われます。
【岩手:旧南部領】北部
種市のことば 沿岸北部編(堀米繁男, 1989年)けさー
〔意味〕下さい
〔解説〕「給(け)なされ」が砕けたことば。
けさる
〔意味〕下さる
〔解説〕
「給(け)なさる」が砕けたことば。
けさんなー。けさった。けさって。けされば。けさー(けさい)など。
【補足】
「けさー」の解説中の「け・なされ」は
「くれ・なされ」の転訛です。
「けさる」(終止形)の解説に活用が載って
います。整理すると、≪けさんなー(連語)
、けさった・けさって(連用形)、けされば
(仮定形)、けさー・けさい(命令形)≫
となるはずです。
この資料以外で、活用形が載っているものを
確認できていないことから、「けさる」が東
北共通の用法なのか、不明です。
【山形】庄内地方
山形県方言辞典(山形県方言研究会, 1970年)ケセー
〔意味〕下さい。
〔分布地点〕東田川郡
【補足】
「ケセー」と語尾が長音であることから、
「けさえ」の転訛であることが分かります。
山形(最上地方)
真室川の方言・民俗・子供の遊び(矢口中三, 1978年)サァェ
〔意味〕さい
〔例〕くだ——。く——。
「お上りなさい」に該当する当地方言は※引用欄を二つに分けています。
「アガラッサァェ」である。
アガラッサァェ(お食べなさい)、
ノマッサァェ(お飲みなさい)、
ハァェラッサァェ(お入りなさい)
とも言う。
この資料では、連母音の「あい・あえ」を
「ァェ」と表記し、同様に「さい・さえ」
を「サァェ」と表記しています。
【宮城】三陸
陸前志津川附近の方言(平田芳光, 1930年)月刊 旅と伝説(三元社)に所収
ケシェァ
〔意味〕下さい
【補足】
この資料では、「ニーベェァ(入梅)」、
「オッカネァ(恐ろしい)」など、小文字
「ェァ」や「ァ」を付して「え・あ中間音
」を表記していることから、見出し語の経
路は、「ケサエ→ケセァ→ケシェァ」とな
ります。
南三陸地方の方言(西條弥一郎, 1984年)
けせぇ
〔意味〕下さい・いただきます
【補足】
「ケセー」と語尾が長音であることから、
「けさえ」の転訛であることが分かります。
【福島】会津
田島町史 第4巻 民俗編(田島町史編纂委員会, 1977年)敬語
共通語の「ください」は中心部では
クンツァリマショ・クンツェー・ま
たはクレッセ、西部との隣接地では
クエヤレ・ケヤレを用いる。
【補足】
「クレッセ・クエヤレ・ケヤレ」の経路は、
クレ(ナ)サレ
↓
クレサエ
↓
クレッセ・クエヤレ・ケヤレ
と思われます。「クレッセ」が転訛した「ケッセ」が
青森(南部)の資料「南部のことば」
に見られます。
【福島:浜通り】南部(いわき地方)
いわき北部史 四倉の歴史と伝説(1986年、本多徳次)くんちえ・けろ※下線は当方にて
〔意味〕下さい(或いはくっせ)
【補足】
「くっせ」の原形は、「くれなされ」「くだ され」の二系統が考えられます。
①クレ(ナ)サレ
↓
クレサエ
↓
クッセ
②クダサレ
↓
クンサレ
↓
クンセエ
↓
クッセ
青森(南部)の資料「南部のことば」では、
「呉れなさい」の系統として「けっせ」を
とりあげていることから、「くっせ」も同
じ系統と思われます。
編集後記
東北(旧奥州)の言語を未来へ継承していくためには、公用語化が不可欠です。
「奥州語の文法」は国語の東北版として、
東北各地の言語資料を基に、東北の広範囲
に共通の用法で構成されており、書き言葉
として文書や記事などに使うことを想定し
ています。
この東北共通の書き言葉が、東北各地の言語
の地域公用語化を促進し、未来へ言語を継承
するための原動力となれば幸いです。
編集者:千葉光