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12/01/2024

けせァー:用法編

奥州東北語(標準東北語および東北各地の
言語)の公用語化の一環として、東北各地
の言語資料を基に、「けせァー」の意味・
表記・用法・原形について整理しました。

編集:千葉光

目次:

01. 意味・表記
02. 用例
 - 接続助詞①:「て」に接続(して)
 - 接続助詞②:「で・て」に接続(一段・カ変・サ変)
 - 接続助詞③:「で」に接続(動詞 - 未然形)
 - 動詞連用形:「で・って」に接続
 - 助詞・名詞・副詞に接続
 - 否定疑問文(文末)
03. くれなされ系
 - 分類①②:くれなされ系
 - 分類③ :しゃえ・あんす系
04. 発音記号
05. 各地の言語資料より
 【青森】津軽 南部
 【秋田】県南・由利
 【岩手:旧南部領】北部
 【山形】庄内 最上
 【宮城】三陸
 【福島】会津 浜通り南部(いわき地方)
06. 編集後記

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意味・表記

けせァー
※「え・あ中間音」を、変体仮名を用いて表記

〔参照〕【え・あ中間音】母音・子音表記の一覧

テキスト表記版:
けせァー
〔意味〕下さい
〔原形〕くれなされ
〔用法〕「けせァ」(短音)との併用化

※え・あ中間音(変体仮名で表記)
 長音:せァー
 短音:せァ

以降、画像以外の箇所は「けせァー」と表記します。

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用例

「けせァー」の用例について、六項目に分けて整理しました。

目次 ↑

接続助詞①:「て」に接続(して)
「して(サ変動詞連用形+接続助詞)」に
接続する用例です。

【して+けせァー】
【して+けせァー】

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用例 ↑

接続助詞②:「で・て」に接続(一段・カ変・サ変)
一段・カ変・サ変動詞に続く接続助詞「で」に
接続する用例です。

【接続助詞「で・て」+けせァー】
【接続助詞「で・て」+けせァー】
※促音「っ」に続く場合は濁音にならず、
 清音になります。

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用例 ↑

接続助詞③:「で」に接続(動詞 - 未然形)
四段動詞(未然形)に続く接続助詞「で」に
接続する用例です。

【接続助詞「で」+けせァー】
【接続助詞「で」+けせァー】
※奥州語の文法では「オ段」に活用しない
 ため、「四段動詞」としています。

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用例 ↑

動詞連用形:「で・って」に接続
四段動詞(連用形)の「で・って」に接続する
用例です。促音「っ」に続く場合は濁音にな
らず、清音になります。

【動四 - 連用形「で・って」+けせァー】
【動四 - 連用形「で・って」+けせァー】
※奥州語の文法では「オ段」に活用しない
 ため、「四段動詞」としています。

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用例 ↑

助詞・名詞・副詞に接続
助詞・名詞・副詞に続く用例です。

【助詞・名詞・副詞+けせァー】
【助詞・名詞・副詞+けせァー】

〔名詞〕一づ=一つ こえづ=これ
〔助詞〕さ=に さも=にも
〔副詞〕まっと=もっと まるっと=全部 しこたま=たくさん

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用例 ↑

否定疑問文(文末)
「くださいませんか」に相当します。
津軽の言語資料の用例を基に作成し
ました。

【否定疑問文】文末
【否定疑問文】文末

尚、この用法は、津軽以外の地域の資料では
確認できていません。

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用例 ↑

くれなされ系

「けせァー」は「くれなされ」に基づく語
ですが、この系統の東北各地の語形につい
て、分類①②に整理しました。

分類③には、「ける」の活用形に尊敬・丁寧
の意の命令形が付いた語形について、整理し
ました。

当方では東北共通の語として、「けせァー」
を提唱しています。

語形を構成する「け」「せァー」が分類①
~③に含まれ、東北共通の要素があること、
尚且つ、二音節であることの使いやすさを
踏まえたものです。

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分類①②:くれなされ系
「呉れなされ」に基づく各地の語形です。
※語幹などを「・」で区切っています。

【分類①②】くれ・な・され
【分類①】
け・さえ:青森(南部)・岩手(南部・伊達)・宮城

≪転訛≫
け・せァー(け・せえ):青森(南部)・山形(庄内)・宮城
 - け・へァー:青森(津軽)
 - けっ・せ :青森(南部)
 - け・っちゃ:秋田
 - けぁん・せ:秋田 *

け・さー:岩手(南部)


【分類②】
くれっ・せ :福島(会津)
くっ・せ  :福島(浜通り南部)
くれ・やれ :福島(中通り中部)
け・やれ  :福島(会津)
*「けぁんせ」は、分類③「けらんせ」の転訛の可能性も有


ここに挙げた語は、「くれ・な・され」の
「な」が抜け、「・」で区切った二か所に
対応しています。

分類①では「けさえ」の連母音が融合して
「けせァー」となり、その派生形として、
「けへァー・けっせ」などがあります。

※「けっちゃ」の経路は、
≪けさえ→けっさえ→けっさ→けっちゃ≫
と思われます。

分類②は福島の言語資料からの引用ですが、
「くれ」が「け」に転訛しない語形が見ら
れます。

ける(終止)、けろ(命令)は福島にも見
られますが、丁寧語に関しては「くれっせ
・くっせ」は「けっせ・けせ」とはならな
いようです。

尚、「けやれ・くれやれ」の「やれ」は、
「され」の転訛と思われます。

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くれなされ系 ↑

分類③:しゃえ・あんす系
「ける」の活用形に尊敬・丁寧の意の命令形
「しゃえ」「あんす」などが付いた語につい
て整理しました。

【分類③】
〔しゃえ系〕
け・らっ・しゃえ:山形(内陸)
け・らっ・しぇ :山形(内陸)
け・らっ・さェ :岩手(南部)
け・ら・しェァ :岩手(南部)
け・らっ・せ  :岩手(伊達)
け・ら・えん  :岩手(伊達)
け・ら・え   :岩手(伊達)
け・な・え   :秋田

〔あんす系〕
け・らん・せ(しぇ):秋田
け・なん・せ(しぇ):秋田

「語源探求 秋田方言辞典」では、助動詞
「しゃる」の命令形シャイ(しェア・せァ
・しぇ)の付いた形と、「あんす」の命令
形「あんせ」の付いた形を別系統としてい
ることから、「しゃえ系」「あんす系」に
分類しました。

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くれなされ系 ↑

発音記号

「けせァー」について、発音記号を示した
宮城の言語資料をとりあげます。

宮城県史20 民俗Ⅱ(宮城県史編纂委員会, 1960年)
方言(藤原勉)
けさい ケセエー kesɑeː〈kɯresɑe
〔解説〕
くれさえの約。サエはセラルの命令形
すなわち serɑre〉sɑre〉sɑe で
ス に敬語の助動詞ラルがついたもの。


せぇいん sɛːn
〔解説〕
苅田郡村田町で店に買い物に行ったときいう
言葉。
ケサエ kesɑe〉 ケセェ kesɛ〉 ケセェーン kesɛːn
くれなさいの転のケが落ちたもの。

【補足】
この資料では、見出し語を標準語音で、
次に片仮名と万国音表文字で実際音を
記し、音韻変化の順序も示しています。

見出し語の「けさい」は標準語音です
が、実際音は「ケセエー」と表記して
います。

解説を基に経路を整理すると、
《くれ(な)され→くれさえ→けさえ→けせえ》
となります。

発音記号については、二つ目の見出し語
の「せぇいん」と、解説の「ケセェ」に
オープンE音 /ɛ/ を用い、/sɛːn/ /kesɛ/ とし
ています。

これは、連母音「さえ(さい)」が /sɛ/
となっていることを示しています。

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発音記号 ↑

各地の言語資料より

各地の言語資料より、関連する語彙の
意味・用例などを整理しました。

*言語資料名の( )内は、著者・発行年

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【青森】津軽地方
青森県方言集(菅沼貴一, 1936年)
ケヘ
〔区域〕津軽
〔解説〕
店に買物に行つた時云ふ言葉「下さい」
この子がケェネェがら面倒みでケヘ。
壹銭代ケヘ。


〔敬譲助動詞〕
「へ」(津) 「さい」(南) 「さまえ」(下北)
 常語「なさい」にあたる。

「けへ」(津) 「けさい」(南)
 常語「呉れなさい」にあたる。

○兄ア見てけへ。
(兄サンミテクレナサイ)

○見イヘ、いい景色でせア。
(ゴランナサイヨイ景色デスヨ)

○丁寧にうづしてけへ。
(テイネイニウツシテ下サイ)

○丁寧にうづさまえ。
(テイネイニウツシナサイ)


〔代名詞〕
そこのところさおいてけへェ
(ソコノ所ヘオイテ下サイ

あっこごとならしてけへェ
(アスコヲ平坦ニシテ下サイ

こっちさこいへェ
(コッチヘオ出デナサイ
※下線は当方にて

【補足】
津軽では「せ」が「へ」に転訛する傾向にあ
り、「けせ」は「けへ」となります。

代名詞の項目の用例では、「けへェ」と語尾
が長音になっています。これは「けさい」が
≪けせァ → けへァ・けへェ≫と転訛したこ
とを示すものです。

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各地の言語資料より ↑

【青森】南部地方
青森県南 岩手県北 八戸地方 方言辞典(寺井義弘, 1986年)
けさえ(句)
〔意味〕ください。(卑語)

けせ(句)
〔意味〕ください。右語の訛語。

【補足】
「けせ」を「右語(けさえ)の訛語」として
います。「右語」と記載があるのは、資料上
、見出し語が右から「けさえ」「けせ」と続
いているためです。

各地の言語資料より ↑

南部のことば(佐藤政五郎, 1982年)
けせぇ
〔意味〕呉せぇ―ください

ける〔呉れる〕
○けさい(ください)
○けしゃい(ください)
○けせぇ(ください)
○けでけせ(呉れてください―ください)
○けっせ(呉れなさい―ください)

【補足】
「けさい」は「けしゃい・けせぇ・けせ・
けっせ」ともなります。

「けっせ」の意味について、「呉れなさい」
とありますが、これは「呉れなされ」が基
の語形であることを示すものです。

尚、福島(会津)の言語資料には「けっせ」
の「け」が転訛しない「くれっせ」があり、
いわき地方には、似た語形の「くっせ」が
あります。

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各地の言語資料より ↑

【秋田】県南・由利
秋田方言(秋田県学務部学務課, 1929年)
けぁんせ(連)
〔意味〕下さい。
〔例〕「うまいものけぁんせ。」
〔方言採集地〕平鹿郡


けっちゃ(連)
〔意味〕下さい。
〔用例〕「菓子を私にもけっちゃ。」
〔方言採集地〕雄勝郡・由利郡

【補足】
「けせァー」に語形が近い「けぁんせ」に
ついて、「語源探求 秋田方言辞典」では、
≪ケランセの転化とも考えられるが、ケル
の連用形のケにアンセの付いたケアンセの
転であろうか≫としています。

「けァんせ」の原形を「くれなされ」系に
求めるならば、≪くれなさえ→くれなせ→
けなせ→けなんせ→けあんせ→けァんせ≫
という経路も考えられます。


「けっちゃ」の経路について、当方では、
≪けさえ→けっさえ→けっさ→けっちゃ≫
と考えています。

事例を挙げると、「ま(様)→ちゃま」
と転訛するように、「けっ→けっちゃ
という経路で転訛した可能性も考えられ
ます。

尚、青森の「南部のことば」に「けっせ」
という、同じく促音「っ」の入った語形が
見られます。
これは、≪けさえ→けっさえ→けっせ≫
という経路と思われます。

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各地の言語資料より ↑

【岩手:旧南部領】北部
種市のことば 沿岸北部編(堀米繁男, 1989年)
けさー
〔意味〕下さい
〔解説〕「給(け)なされ」が砕けたことば。

けさる
〔意味〕下さる
〔解説〕
「給(け)なさる」が砕けたことば。
けさんなー。けさった。けさって。けされば。けさー(けさい)など。

【補足】
「けさー」の解説中の「け・なされ」は
「くれ・なされ」の転訛です。

「けさる」(終止形)の解説に活用が載って
います。整理すると、≪けさんなー(連語)
、けさった・けさって(連用形)、けされば
(仮定形)、けさー・けさい(命令形)≫
となるはずです。

この資料以外で、活用形が載っているものを
確認できていないことから、「けさる」が東
北共通の用法なのか、不明です。

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各地の言語資料より ↑

【山形】庄内地方
山形県方言辞典(山形県方言研究会, 1970年)
ケセー
〔意味〕下さい。
〔分布地点〕東田川郡

【補足】
「ケセー」と語尾が長音であることから、
「けさえ」の転訛であることが分かります。

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各地の言語資料より ↑

山形(最上地方)
真室川の方言・民俗・子供の遊び(矢口中三, 1978年)
サァェ
〔意味〕さい
〔例〕くだ——。く——。
「お上りなさい」に該当する当地方言は
「アガラッサァェ」である。

アガラッサァェ(お食べなさい)、
ノマッサァェ(お飲みなさい)、
ハァェラッサァェ(お入りなさい)
とも言う。
※引用欄を二つに分けています。

この資料では、連母音の「あい・あえ」を
「ァェ」と表記し、同様に「さい・さえ」
を「サァェ」と表記しています。

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各地の言語資料より ↑

【宮城】三陸
陸前志津川附近の方言(平田芳光, 1930年)
 月刊 旅と伝説(三元社)に所収
ケシェァ
〔意味〕下さい

【補足】
この資料では、「ニーベェァ(入梅)」、
「オッカネァ(恐ろしい)」など、小文字
「ェァ」や「ァ」を付して「え・あ中間音
」を表記していることから、見出し語の経
路は、「ケサエ→ケセァ→ケシェァ」とな
ります。

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南三陸地方の方言(西條弥一郎, 1984年)
けせぇ
〔意味〕下さい・いただきます

【補足】
「ケセー」と語尾が長音であることから、
「けさえ」の転訛であることが分かります。

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各地の言語資料より ↑

【福島】会津
田島町史 第4巻 民俗編(田島町史編纂委員会, 1977年)
敬語

共通語の「ください」は中心部では
クンツァリマショ・クンツェー・ま
たはクレッセ、西部との隣接地では
クエヤレ・ケヤレを用いる。

【補足】
「クレッセ・クエヤレ・ケヤレ」の経路は、
クレ(ナ)サレ

クレサエ

クレッセ・クエヤレ・ケヤレ
と思われます。

「クレッセ」が転訛した「ケッセ」が
青森(南部)の資料「南部のことば」
に見られます。

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各地の言語資料より ↑

【福島:浜通り】南部(いわき地方)
いわき北部史 四倉の歴史と伝説(1986年、本多徳次)
くんちえ・けろ
〔意味〕下さい(或いはくっせ
※下線は当方にて

【補足】
「くっせ」の原形は、「くれなされ」「くだ され」の二系統が考えられます。
①クレ(ナ)サレ

クレサエ

クッセ

②クダサレ

クンサレ

クンセエ

クッセ

青森(南部)の資料「南部のことば」では、
「呉れなさい」の系統として「けっせ」を
とりあげていることから、「くっせ」も同
じ系統と思われます。

目次 ↑

各地の言語資料より ↑

編集後記

東北(旧奥州)の言語を未来へ継承していく
ためには、公用語化が不可欠です。

「奥州語の文法」は国語の東北版として、
東北各地の言語資料を基に、東北の広範囲
に共通の用法で構成されており、書き言葉
として文書や記事などに使うことを想定し
ています。

この東北共通の書き言葉が、東北各地の言語
の地域公用語化を促進し、未来へ言語を継承
するための原動力となれば幸いです。

編集者:千葉光

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