東北(旧奥州)各地の言語資料を基に、
形容詞を作る「こえ」の用法について
整理しました。
編集:千葉光
目次:
01. 用法02. 「こえ」の付く形容詞
03. 「こえ」の付く条件(言語資料より)
【山形】置賜地方
【岩手:旧伊達領】沿岸
【青森】南部地方
04. 接尾語は「こえ」か「こ」か?
05. 各地の言語資料より
【青森】津軽 南部
【秋田】県南
【岩手:旧南部領】北部 中部
【山形】全般 庄内
【宮城】仙台
【福島】全般
【福島:浜通り】北部 南部
06. 編集後記
用法
こえ
〔用法〕
・形容詞の語幹に付く
・「軽・重」「小・大」などの、
程度の低い方(軽・小ほか)の語に付く(例外有)
〔表記〕
・「え」は「え・い中間音」
*「え・い中間音」はリンク参照「こえ」の付く形容詞
東北各地の言語資料を基に、「こえ」の付く形容詞について
整理しました。
「こえ」は、「軽・重」「小・大」などの
程度の低い方の語に付きます。
*上段:「こえ」が付く形容詞
丸 :まるこえ
四角:しかくえ
軽:かるこえ
重:おもえ・おめえ
狭:せまこえ
広:ひろえ・ひれえ
小:ちちゃこえ
大:おっき
細:ほそこえ
太:ふとえ・ふてえ
浅:あさこえ
深:ふけァ
薄:うすこえ
濃:こえ
弱:よわこえ
強:つええ
短:みじかこえ
長:なけ゚ァ
冷:しゃっこえ
熱:あづえ・あぢい
温:ぬるこえ
熱:あづえ・あぢい
緩:ゆるこえ
?:
柔:やっこえ
固:かでァ *
*例外的に「こだこえ」も有り
「こえ」の付く条件(言語資料より)
「こえ」の付く条件について解説のある、山形・岩手・青森の言語資料をとりあげます。
【山形】置賜地方
米沢方言辞典(米沢女子短期大学国語研究部 編, 1969年)
かるこえ 形容詞
〔意味〕軽い
〔解説〕
「軽い」語幹に「こ」が添加した語。
軽少なものに「こ」がつく。
「細こえ」「小っちゃこえ」など。
〔例〕
「カルコエから たがかれる(持たれる)」
この資料では、
軽少なものに「こ」がつくとして、
見出し語のほかに「細こえ」
「小っちゃこえ」もとりあげています。
【岩手:旧伊達領】沿岸
気仙方言辞典(金野菊三郎, 1978年)六、形容詞
(二)
気仙方言形容詞の主なものを挙げると
次のようなものである。
はっこえ(冷い) ひゃっこえ(ひやひやして冷い)
ひらたこぇ(平たい) びったらこえ(平たい、平たく低い)
おごんこぇ(黄色い) めごこえ(可愛い)
もぞこぇ(もぞえ、あわれなこと)
(中略)
又、「めごこえ」「おごんこえ」
「もぞこえ」のように「こえ」を付加して、
更にその意を深刻化、愛称化する言葉も
数多く使用されているが、
これ等は気仙方言の特色といえるものである。
「こえ」という接尾語は
また次のような意味をも表現するに使用される。
例えば「太い」とか、「細い」とか、
又「深い」とか「浅い」とか・・・
程度の差があることを言う時に、
その程度の低い方に「こえ」を付けて表現する。
ほそこえ(細い) あさこえ(浅い)
ぬるこえ(温い) やっこえ(軟かい)
ゆるこえ(ゆるい) うすこえ(薄い)
かるこえ(軽い) ちっちゃこえ(小さい)
よわこえ(弱い) べァこえ(小さい、少ない)
せまこえ(狭い) はっこえ(冷い)
せばこえ(狭い)
これ等は何れも、
ひどくそうなのではなくて、
少々そうなのだ、というような意味を
含めている言葉で、
「こえ」という接尾語の働きは
まことに微妙なのである。
この資料では「こえ」について、
程度の差があることを言う時に、
その程度の低い方に「こえ」を
付けて表現するとしています。
その例として、程度の低い方の形容詞を
いくつかとりあげています。
【青森】南部地方
青森県南 岩手県北 八戸地方 方言辞典(寺井義弘, 1986年)十二 接尾語
<こ>
形容詞につくが、語中に入る。
名詞と同じく愛情の意を示す。
愛情を感じない場合はつけない。
せまい(狭い)→せまこえ
ちいさい(小さい)→ちさこえ
ぬるい(温い)→ぬるこえ
まるい(丸い)→まるこえ
めごい(愛ごい)→めごこえ
―となるが、
うるさい(煩い)→うるさこえ
おおきい(大きい)→おおきこえ
つよい(強い)→つよこえ
でかい(大きい)→でかこえ
にくい(憎い)→にくこえ
―とは言わない。
この資料では、先に「せまこえ」など
程度の低い方の語をいくつかとりあげ、
それに対し、「大きい・強い・でかい」
など、程度の高い方の語には「こえ」を
付ける言い方はしないとしています。
接尾語は「こえ」か「こ」か?
各地の言語資料では、形容詞を作る接尾語の「こえ(こい)」について、二通りの見方が
あります。
・形容詞の語幹に「こえ(こい)」が付く
軽い→軽こえ
・形容詞の語中に「こ」が入る
軽い→軽こえ
これは、どちらが正しいということ
ではなく、語法として整理する場合、
必然的に二通りの解釈に分かれると
いうことではないでしょうか。
各地の言語資料より
各地の言語資料より、「こえ」をとりあげているものについて、整理しました。
*言語資料名の( )内は、著者・発行年
*引用欄の下部の補足は、当方によるもの
【青森】津軽地方
続津軽のことば 第一巻(補遺編一)(鳴海助一, 1963年)かろけェ 形容詞。かろこェ。
〔解説〕
「軽い」に、形容詞を更に作り出す
接尾語の「こい」がついて「軽っこい」。
それの訛ったもの。
これは「しばしっこい」「まだるっこい」
「ひゃっこい」(冷たい)などの「こい」
と同じもの。
標準語の発音でも「軽い」は「かるい」と
「かろい」はほぼ同数ぐらいに用いるよう
だが、やはり「かるい」の方が正しいよう
にも思われる。
津軽ことばでは、ほとんど「かろェ」。
そこで「かろこェ・かろけェ」となる。
【補足】
この資料では、「かろこェ・かろけェ」に
ついて、「軽い」に形容詞を作り出す接尾語
「こい」が付いて「軽っこい」となり、それ
の訛ったものとしています。
軽い→軽っこい→かろこェ・かろけェ
という経路です。
津軽木造新田地方の方言(田中茂, 2000年)
カルィ
〔意味〕軽い
〔その他〕
「カルコェ」という言い方もよく用いられ
る。この場合の「コェ」は接尾語であろう。
共通語にも「すばしっこい」「油っこい」
などの例がある。
【補足】
この資料では、見出し語の解説で
「カルコェ」という言い方もよく用いられる
ことをとりあげ、「コェ」は接尾語であろう
としています。
【青森】南部地方
第三版増補改訂 南部のことば(佐藤政五郎, 1992年)こい〔接尾語〕
〔例〕
めこ゚こい娘(可愛いい娘)
浅こい
七戸の方言(石田善三郎, 1997年)
B 語法
(2)形容詞
「ぽい・こい」ではマッポイ(眩しい)、
毬(イガ)ラポイ、毬ラコイ(芒(のぎ)
などが皮膚にちくちくするさま)、
ヌメ(ラ)コイ・ノメ(ラ)コイ・
ノベコイ(表面が滑らか、また言い逃れ
などが巧くて尻尾を出さないさま)、
紛(マギ)ラコイ(紛らわしい)・
モチョコイ(もぞもぞしてくすぐったい)、
「めんこい」→メコ゚コイなど
コイの語例が多い。
【秋田】県南
おらほの言葉 西木村(佐藤ミキ子, 1997年)コイ
〔解説〕
接尾語。主として形容詞の語幹について
軽小・形状などを表わす。
「軽コイ」(軽い)。
「ずるコイ」(ずるい)。
【岩手:旧南部領】北部
種市のことば 沿岸北部編(堀米繁男, 1989年)こい
〔接尾語。形容詞について愛敬の意を
こめる。又「ちょっと」「少し」「ぽい」
などの意を添えて、形容を弱める〕
訛って「こー」ともなる。
普通語幹のつぎに促音を挿めて付く。
「浅っこい」「長っこい」「早っこい」
「暑っこー ね 食(け)え」
【岩手:旧南部領】中部
遠野方言誌(伊能嘉矩, 1926年)カルコイ 又 カルケェ
〔意味〕輕い
【山形】全般
山形県方言辞典(山形県方言研究会, 1970年)語法
B 形容詞の活用
(8)
形容詞の語形の問題になるが、
語腹にコを挿入したものが多い。
くぼい クボコエ。
円い マルコエ。
軽い カルコエ。
狭い セマコエ。
小さい チチャコエ。
細い ホソコエ。
柔い ヤッコエ。
しない スナコエ。
甘い アマゴエ。
ぬるい ヌルコエ。
ゆるい ユルコエ。
めごい メゴコエ。
【山形】庄内地方
庄内方言辞典(佐藤雪雄, 1992年)コイ
〔解説〕
接尾語。主として形容詞の語幹について
軽少・形状・様態などを表わす。
「軽コイ」(軽い)。
「ずるコイ」(ずるい)。
「丸コイ」(丸い)
など。
【宮城】仙台
仙台の方言(土井八枝, 1938年)2 個別的な訛
6、音の附加するもの(傍線を附す)
「かだこい」(固い)
「かるこい」(輕い)
「せばこい」(狭い)
「ちゃっこい、ちゃちゃこい、ちさこい、ちちゃこい」(小さい)
「ねつこい」(ねつい)
「まどろこい、まどろこしい」(まだるい)
「まるこい」(丸い)
・・・以上形容詞。
【福島】全般
福島県方言辞典(児玉卯一郎, 1935年)第二節 用言の語法
2、形容詞の特殊性
(2)「コエ」等の語尾による方言的色彩
これは「コエ」形ばかりではなく、
「ポエ」形 「シエ」形のもの等もあるが、
「コエ」形が断然多いのに気付くのである。
詳細は語彙篇に譲つて
こゝにはその数例を列挙するにとゞめる。
カルコエ ― 軽い
ヤッコエ ― 軟い
チンコエ ― 小さい
ネッコエ ― 丁寧だ
マルコエ ― 圓い
セバコエ ― 狭い
ヤスコエ ― 易い
【福島:浜通り】北部(相馬地方)
相馬方言考(新妻三男, 1930年)第二篇 音韻
3. 音節の添加
ロ、音節添加の一種
コが加はる。
マルコエ(まるい)
タカコエ(高い)
ホソコエ(細い)
ユルコエ
カルコエ
セマコエ
セバコエ
但し、コエ(こい)とポエ(ぽい)は、
あぶらっこい、あきっぽい、しめっぽい、
ひやっこい 子供っぽい 安っぽい
おこりっぽい等ともなるから、形容詞を
作る接尾語が語幹についたとも見れる。
第三篇 語法
三、動詞・形容詞
形容詞では
まるこえ(まるい)
かるこえ(かるい)
ゆるこえ(ゆるい)
ぬるこえ(ぬるい)
ぬるまこえ(ぬるい)
冷っこえ
油っこえ
尤も「たい」「こい」「ぱい」「ぽえ」
などは、音の増加といふより、形容詞を
作る接尾語と見る方が妥当であらう。
【福島:浜通り】南部(いわき地方)
いわき方言(高木稲水, 1975年)いわき方言の語法
形容詞の活用による方言化
あまずらこい 甘い
しずっこえ 執拗である
しゃっこえ 冷たい
すっこえ ぬけめがない
せまっこえ せまい
どろっこえ どろどろしておる
はしっこえ 賢い
編集後記
東北(旧奥州)の言語を100年後のその先へ継承していくためには、
東北方言の公用語化が不可欠です。
「奥州語の文法」は、国語の東北版です。
「書き言葉」として、文書や新聞記事など、
公的な場面などで使うことを想定しており、
東北各地の言語資料を基に、広範囲に共通
の用法で構成されています。
公用語化を実現することにより、
次世代に言語を継承できる環境を整えて
いければ幸いです。
編集:千葉光