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5/23/2020

え・い中間音

東北方言の公用語化の一環として、
東北(旧・奥州)各地の言語資料を基に、
「え・い」中間音について整理しました。

編集:千葉光

目次:
01. 「え・い」中間音
02. 秋田方言モーラ表
03. 表記例
04. 各地の言語資料より
 【青森】全般 南部
 【秋田】全般
 【岩手】旧南部領
 【山形】置賜
 【宮城】全般 仙台
 【福島】全般 中通り(中) 浜通り(北)
05. 編集後記

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「え・い」中間音

東北の言語では、
母音単独の「え・い」は、
「え」と「い」の中間的な音、
もしくは「え」となります。

これは東北6県共通の用法です。

この発音規則に基づき、
奥州語の文法では例外(後述)を除き、
「え・い」の表記を、その中間音としての
「え」に代表させます。

「い」の表記は、次に示す使い方に
限定されます。
・形容詞語尾の長音
 〔例〕わりい(悪い)
・外来語
・現代的な語
母音の表記 を参照

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秋田方言モーラ表

次に示す「秋田方言モーラ表」では、
母音「い」を「え」に代表させ、
表記しています。

秋田のことば(秋田県教育委員会, 2000年)
(秋田方言モーラ表)

あ  [a]
(い→え)
う [¨ɯ] *1
え [e˔]  *2
お [o]
えぁ [ɛ]


特殊な発音
◇[e˔]:
「え」のやや「い」がかった中間的な音。
秋田方言では「い」と「え」の区別が
曖昧であり、いずれもこの中間的な「e˔」で
発音される傾向が強い。
本書では、表記上は「え」で代表させる。
--- 引用ここまで ---

【補足】資料上の補助記号の位置
   (画面上では正しい位置に表示不可)
*1:[ɯ]の真上に中舌寄りの〔¨〕(ウムラウト)付き
*2:[e]の真下に〔˔〕(上寄り記号)付き

モーラ表では、
「い」を「え」に代表させて表記し、
この「え」を、やや「い」がかった
中間的な音として定義しています。

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表記例

え・い中間音の表記例:
【動詞】
えぐ(行く)
えだ(居た)

【連語】
置えでけろ(置いてくれ)

【形容詞】
えづえ(いずい)
めこ゚え(めごい)
軽こえ(軽い)
丸こえ(丸い)
やっこえ(柔らかい)

【名詞】
あえ(あい・はい)
えし(石)
えづ(いつ)
えど(井戸・伊藤)
えま(今)
えも(芋)
えろ(色)
おらえ(おら家)

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各地の言語資料より

「え・い」中間音について、
東北各地の言語資料よりとりあげます。

*言語資料名(著者, 発行年)

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青森(全般)
青森県方言集(菅沼貴一, 1936年)
発音記号の説明

母音 ア行
ア(a) イ(i) ウ(ɯ) エ(e) オ(o) エェ(ɛ) エァ(æ)

i と e との区別は
殆ど判らない位のものである。
略々其の中間的発音とみてよかろう。

エダコ idako(いたこ、巫女)
エッツネ ettsine(いっつに)

この資料では、
先頭が「イ」で始まる語彙を
【イ・エ】の部に収めてあります。

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各地の言語資料より ↑

青森(南部地方)
七戸の方言(石田善三郎, 1997年)
(1)五母音の調音
(イとエ)

東北では、
イはすべてエと発音されるというのが
通説のようである。
イ・エとも平唇(ひらくち)の母音であるが、
イは発音上エよりも
前舌面を高めたり顎角を
小さくしなければならず、
そのため、
口の開きがより自然な類音の
エに近く発音されていることは
確かである。

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各地の言語資料より ↑

秋田(全般)
秋田方言(秋田県学務部学務課, 1929年)
第一節 純母音



通常の場合の「い」と異なって居る。
舌尖下り舌面隆起して、
歯槽突起の辺、
並に其の後に向って
狭窄を造るやうである。

語のいづれの部にあるも
多くは「え」の音に変する

但加行奈行麻行には多くして
左多波良諸行には
割合に少ないやうである。

前述の「秋田のことば」は
この資料を基にしていると思われます。

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各地の言語資料より ↑

岩手(旧南部領)
おでぇあたっすか-花巻方言の整理と考察-
(佐藤善助, 1976年)
3 発音の変化

五十音の各行のイ列音が
そのまま正しく発音されることが
すくない。
ただし
イ列がエ列に転移されるのは母音だけで、
あとはイ列相互に、
或はイ列がウ列に転移している。


① イをエと発音する。
エエナ(いいな)
エヌ(犬)
エマ(今)
エキ(息)
エモ(芋)
エロ(色)
エク(行く)

この資料では、
イ列がエ列に転移されるのは母音だけ
としています。

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各地の言語資料より ↑

山形(置賜)
白鷹方言 ぼんがら(奥村幸雄, 1961年)
〔六〕白鷹方言の特徴

(1)「い」は殆ど「え」になる。
井戸 → えど
いつでも→えづでも
稲妻 → えなづま
犬 → えぬ

米沢市史編集資料 第八号(米沢市史編さん委員会, 1982年)
幕末から明治初期にかけての教育事情
附録3 米沢方言
チャールズ・ヘンリー・ダラス
訳・松野良寅

( 二 )
音節の発音については、
<イ>と<ヰ>の間に区別があり、
両者とも東京では<い>と発音されるが、
後者(ヰ)の方だけが
<い>と発音されていて、
前者(イ)の方は
<え>と発音される。
こうして五十音の
「い、ろ、は」は
「え、ろ、は」となり、
<犬>は<えぬ>
<石>は<えし>
となるが、
<井戸>は<いど>、
<医者>は<いしゃ>と発音される。

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各地の言語資料より ↑

宮城(全般)
宮城県史20 民俗Ⅱ(宮城県, 1960年)
 方言(藤原勉)
宮城県方言の性格
音声

6・
イが単独に発音されることはむつかしく、
それは
[æ] > [ɛ] > [e] > [i] のエ [e] でとどまり
[i]までは前出しない。

例 - 伊藤 [itoː] >エドウ [edoː]

この資料の
「い」で始まる集録語彙には、
「い」に対応する箇所の
発音記号に /e/ を充てています。

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各地の言語資料より ↑

宮城(仙台)
仙台の方言(土井八枝, 1938年)
音韻

4、
イはエとなる。
「えま」(今)
「えそがすえ」(忙しい)


自伝的仙台弁(石川鈴子, 1966年)
いい-ご〔英語〕(いいコ°)名
〔解説〕
 「い」は「え」のつもり。
 しかし実際には「い」と「え」は
 全く同じ発音で、
 どちらにもかたよっていない。
 「い」でも「え」でもない。

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各地の言語資料より ↑

福島(全般)
福島県方言辞典(児玉卯一郎, 1935年)
第一節 音節の種類
1、
母音は、
アイウエオ即ち
〔a〕〔i〕〔u〕〔e〕〔o〕
(国語のウ音の標記は〔ɯ〕とする人もあるが
こゝでは〔u〕として置く)の如く、
標準音も明瞭に存在して居るが、
これは国語教育の普及のためであって、
元来の方音では〔i〕と〔e〕の区別がなく、
福島県用の人名索引などには
「い・えの部」と言ふやうに
一緒にしたのが多い。
これは畢竟 「伊藤」と「江藤」との発音に
厳密な区別が出来ないために
外ならない。

即ちこの〔i〕と〔e〕とは
同一音に発音せられるのであるが、
〔e〕よりも〔i〕に近いと考へられる
〔i〕〔e〕の中間母音である。

越後方言・常陸方言にも
この〔i〕〔e〕両音の
区別がないのであるから、
この両方音に接した福島県方言も
亦この両音の区別がないのである。

故に福島県に於ける
知識階級の人々には
母音は六個あるのである。

即ち所謂標準語と共通する
アイウエオとその外に
イとエとの中間音とが
それである。

この資料では、
〔i〕と〔e〕とは同一音に発音され、
〔e〕よりも〔i〕に近いと考えられる
〔i〕と〔e〕の中間母音である
としています。

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各地の言語資料より ↑

福島(中通り中部)
郡山の方言(福島県郡山市教育委員会, 1989年)
第一節 郡山の方言と訛り

〇「イ」と「エ」との区別が不明瞭である。

ほとんど「エ」に近い発音であるが、
「イ」と「エ」の中間音であるから、
往々にして反対に聞えることがある。

例をあげると、
「エンキョ(隠居)」
「ビョーエン(病院)」
「エシャサマ(医者様)」
「ウグエス(鶯)」
「インピツ(鉛筆)」
「コイ(声)」
「イノグ(絵の具)」
などであるが、
固有名詞についても
「伊藤」と「江藤」などの例があげられる。

また、女性の名前で
「ハルイ(春江)」
「ヨシイ(芳枝)」
「キクイ(菊枝)」
「ヤイ(八重)」
などは
「イ」と「エ」との区別をつけずに
呼んでいる。

この資料では、
「イ」と「エ」との区別が不明瞭である
ことをあげ、
「エ」に近い「中間音」であると
しています。

中間音であるため、実際の会話では、
「い」で発音される語が「え」に、
「え」で発音される語が「い」に
聞える現象があることを、
例をあげて解説しています。

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各地の言語資料より ↑

福島(浜通り北部)
相馬方言考(新妻三男, 1930年)
第二篇 音韻
(一)
母音 い(i)と
え(e)との区別が全くない。
い を発音する際も、
え を発音する際も
上下唇の位置が純粋の
い・え の場合の
中頃にある一種の
母音エ
(仮に標準音と同じ e を以て記す。
篇中片仮名書のエ(e)は
すべてこの中間的 エ である。)
となる。
同様に
ゐ・ゑ も
その中に含まれる。

エキモノ(生物)
エノチ(命)
エサム(勇む)
エモノ(獲物)
エル(居る)
エド(井戸)

この資料では、
「イ」で始まる語彙を「エ」の部に
統一して集録しています。

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各地の言語資料より ↑

編集後記

東北(旧・奥州)6県の言語を
後世に継承していくためには、
東北方言の公用語化が不可欠です。

奥州語の文法は、
東北6県の言語資料を基に、
広範囲に共通の用法で構成されています。

公用語化により、東北の言語を
次世代に継承できる環境を
整えていければ幸いです。

編集者:千葉光

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