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3/23/2024

あべ(足べ):語源編

「あべ」の語源について、
東北(旧奥州)各地の言語資料を
基に整理しました。

あべ(足べ):用法編 はリンク参照

編集:千葉光

目次:

01. 語源
 【青森:津軽】津軽木造新田地方の方言
 【青森:南部】青森県南 岩手県北 八戸地方 方言辞典
 【秋田】語源探求 秋田方言辞典
 【岩手】岩手方言の語源
02. 編集後記

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語源

「あべ」の語源について、
東北各地の主な言語資料では、
「歩む」と同語の「歩ぶ(あゆぶ)」が
「アエ(イ)ブ・アブ」などとなり、
その命令形とする解説が主流です。

【語源】アユブ(歩ぶ)

○アエ(イ)ブ(岩手・宮城・山形・福島)
 →アエ(イ)ベ・アベ

○アブ・アンブ(青森・秋田・山形)
 →アベ・アンベ

○エブ・エーブ(山形・宮城・福島)
 →エベ・エーベ

○ヤブ・ヤーブ(福島)
 →ヤベ・ヤーベ

次に、語源を「歩ぶ(あゆぶ)」とする
青森(津軽・南部)、秋田、岩手の
言語資料をとりあげます。

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【青森:津軽】
津軽木造新田地方の方言(2000年、田中茂)
アベ
〔意味〕行こう・一緒に行こう
〔品詞〕感動詞

〔その他〕
 原形は「歩ぶ」(『青森県の方言』)の命令形。
 「あゆぶ・歩ぶ」(「あゆむ」の転)
 自・バ・四段。

 ①歩く。
 ②一緒に行く・同行する。
 「落つる涙をのごひ隠しつつあゆび給ふけしきは」
  (『狭衣・二』)、
 「吉原へ行く。あゆばないかと言ったれば」
  (『酒・遊子方言』)。

 ※津軽方言に「アバナガ」という例がある。
  「アバ」は未然形か。

〔用例〕
 吾ドエッショヅネベ。
 (俺と一緒に行こう)
--- 引用ここまで ---

この資料では、原形を「歩む」の転である
「歩ぶ」の命令形としています。

その「歩ぶ」について、
平安時代の「狭衣(さごろも)二巻」、
江戸時代の「遊子方言(ゆうしほうげん)」
からの引用を載せています。

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【青森:津軽】 ↑

【青森:南部】
青森県南 岩手県北 八戸地方 方言辞典(1986年、寺井義弘)
あべ!(句)

〔意味〕一緒に行こう。
〔解説〕
古語あゆぶ(歩む)の命令形「あゆべ」の
変化からできた独立語か。
行こうの意。
あゆべ→あいべ→あべ
前述「あばさえ」「あばせ」と同意語。
--- 引用ここまで ---

この資料では、「あゆべ→あいべ→あべ」と
経路を示した上で、
古語「あゆぶ」の命令形「あゆべ」の
変化からできた独立語か?としています。

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【青森:南部】 ↑

【秋田】
語源探求 秋田方言辞典(2001年、中山健)
あべ〔自バ五・命令形〕

【意味】いっしょに来い。いっしょに行こう。

【音声表記・使用郡市名】
〔アベ〕
 鹿角郡・北秋田郡・山本郡・南秋田郡・秋田市
 河辺郡・仙北郡・平鹿郡・雄勝郡・由利郡
〔アンベ〕北秋田郡・河辺郡・平鹿郡
〔アベデァ〕山本郡・南秋田郡
〔アベヤ〕平鹿郡

【用例】
「唄コ 聞グニ アベデァ、行ガネァガ」
「ヤー アベ、エー ドゴサ 連レデ 行グハゲァ」

【語源考察】
アブの命令形の特殊用法。
「あぶ」の項参照。

「あべ」を「来い」、
「やべ」を「行け」「来い」「歩け」
の意に用いる地方もあるが、
郷土のアベは同輩または目下の者に
「いっしょに来い」と要求し、
「いっしょに行こう」と誘いかける場合に用いる。

必ずしも歩行を共にする場合だけでなく、
馬に乗ること、車に乗ることもあるだろうし、
とにかく同行を求める表現。

アブの終止形に
勧誘の助動詞ベが付いたものとの考え方
(「アユムベエのちぢまったもの」『大館方言語源考』)もあるが、
そうではなく、命令形の用法(希求)である。
丁寧な勧誘の場合には、「行グベシ」という。

この場合のベシは勧誘の助動詞ベに
丁寧の終助詞「シ(ス)」の付いたものである。

〔アベ→アンベ〕と転じたもの。
詠嘆の終助詞ヤ、
または強調・念押しの終助詞デァを付けることもある。

ヤブはアイブの転化。
〔アイブ→アブ→ヤブ〕
〔アイブ→エァブ→ヤブ〕
と転じたものであろう。

語頭における j の転訛
〔ユツル〕移る〈上古語〉
〔ヨコス〕遣(おこ)す。

その他
「オ前モ アベバ エネァ」
「エッショニ アンデケレ」
のような勧誘・希求(命令形の婉曲表現)の形は、
やはり、いっしょに行こうと同行を求める表現となる。
由利にはアバハレ、アベッシェァのような
尊敬の意を含んだ直接命令形の表現がある。
--- 引用ここまで ---

この言語資料では、
「あべ」の語源について、
「アブ」の命令形の特殊用法としています。

収録語彙にある「アブ」の解説には、
郷土では江戸語「アイブ、アエブ」に基づく、
「アエブ・エァブ・アブ・アンブ」が
用いられているとあり、
この、アイブ類は、
足をかわるがわる動かして進むという
歩行前進が原義であるとしています。

ただし、アブの命令形アベは
必ずしも歩行を共にする場合だけでなく、
乗物に乗る場合も含め、
同行を求める表現であることから、
前述のように「アブ」の命令形の
"特殊用法"としています。

また、「アブ」に勧誘の助動詞「べ」が付いた
「アユムベエ」のちぢまったものという
考え方にはついては否定しています。

丁寧な勧誘の場合には「行グベシ」といい、
これは勧誘の助動詞「べ」に
丁寧の終助詞「シ」の付いたものとしています。

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【秋田】 ↑

【岩手】
岩手方言の語源(2004年、本堂寛)
アベ (動詞命令形) ― 行きなさい。来なさい

「ハヤグ ガッコサ アベ
(早く学校に行きなさい

「ヤマサ イグダス イショニ アベ
(山に行くから、一緒に来なさい

のような言い方をする。

青森・岩手・宮城・秋田・山形・神奈川で
使われており、
同類語形では福島でアエベ・ヤーベが、
栃木・埼玉・千葉でヤベが
それぞれ使われている。

また、歩いて行く、歩いて来る、
という意味の終止形では、
アユブが静岡・富山・和歌山・
福岡・佐賀・長崎・宮崎・鹿児島で、
アイブ・アエブが
岩手・宮城・山形・福島・群馬・東京・
大島・新潟・富山・石川・山梨・長野・
岐阜・静岡・三重・奈良・和歌山で、
アブ、アンブが青森・秋田で、
エブ、エーブが山形・福島・茨城・群馬・
千葉・東京三宅島・東京南多摩・神奈川・
新潟・山梨・長野で、
ヤーブが福島・栃木・静岡で、
かなり広い地域でそれぞれ使われている。

このように見ると、
命令形と終止形の両方の語を
使っている地域が多く重なっているので、
原形を「あゆぶ (歩ぶ) 」の
命令形「あゆべ」だとするのが
妥当だと考える。

「あゆぶ」は「あゆむ(歩む)」と同語であって、
平安時代後期の『散木奇歌集』に
「吹く風にあたりの空を払はせて
ひとりもあゆぶ秋の月かな」
とあるように、
風が空一面を吹き払って、その中を月だけが
一人ゆうゆうと歩いていると詠っている中に
「あゆぶ」が使われている。

江戸時代中期の『洒落本・卯地臭意』にも
「今夜あたりゃァ、中洲がにぎやかだらふ。
あゆばねへか」とあり、
これは一般の町人の会話なので、
この時期にはごく普通の話し言葉として
「あゆぶ」が使われていたと考えられる。
それの命令形「あゆべ」の訛音化した語が
アベ であろう。

ただ、岩手方言の場合、
命令形以外の「あゆぶ」は
あまり使われなくなっているので、
使用頻度の高い命令形アベを
見出し語として立てた。
--- 引用ここまで ---

この資料では「あべ」の原形を
「あゆぶ」の命令形「あゆべ」の
訛音化した語であろうとしています。

「歩む」と同語の「あゆ」が
平安時代後期の『散木奇歌集』にみられ、
江戸時代中期の『洒落本・卯地臭意』にも
一般の町人の会話に「あゆばねへか」とあり、
この時代には普通の話し言葉として
「あゆぶ」が使われていたようです。

解説に全国各地の分布がありますが、
「アユブ」は西日本にみられ、
それに対応するとみられる
「アイ(エ)ブ・ア(ン)ブ・エブ・エーブ・ヤーブ」
は主に東日本にみられます。

東北にみられる
「アイ(エ)ブ・ア(ン)ブ」の命令形に
「アベ」が対応していると考えることもできます。

ただし解説では、「あべ」の語源について、
「あゆべ」だとするのが妥当だと考える
とあるように、断定はしていません。

ある程度までは特定できるようですが、
断定までは出来ないのが現状のようです。


以上、
「津軽のことば 第一巻」「岩手方言の語源」を
とりあげてきましたが、
両者の解説を踏まえると、
「あべ」は「歩く」と関連する語彙と
捉えるのが妥当と思われます。

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【岩手】 ↑

編集後記

奥州/東北の言語を100年後の
その先へ継承していくためには、
東北方言の公用語化が不可欠です。

奥州語の文法は、各地の言語資料を基に、
広範囲に共通の用法で構成されています。

公用語化により、
言語を次世代に継承できる環境を
整えていければ幸いです。

編集:千葉光

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