(旧奥州)各地の言語資料を基に、ここ
でとりあげる語の語源について整理しま
した。
愛こ゚え:用法編 はリンク参照
編集者:千葉光
目次:
01. 語源・語源探求 秋田方言辞典
・岩手方言の語源
02. 各地の言語資料より
【青森】津軽 南部
【秋田】全般
【岩手】旧南部領 旧伊達領
【山形】置賜地方
【宮城】仙台
【福島】浜通り南部
03. 編集後記
語源
東北6県の言語資料では、語源を「めぐし」に求めています。
ここでは、詳細な解説のある秋田・岩手の
言語資料をとりあげます。
語源探求 秋田方言辞典
語源探求 秋田方言辞典(中山健, 2001年)めごい・めんこい・めんちょこい・めんとい〔形〕--- 引用ここまで ---
〔意味〕かわいい。小さくてかわいい。愛らしい。
〔メコ゚イ〕
鹿角郡 北秋田郡 山本郡 南秋田郡
平鹿郡 雄勝郡 由利郡
〔メコ゚エ〕
鹿角郡 北秋田郡 南秋田郡 秋田市
仙北郡 平鹿郡 雄勝郡 由利郡
〔メケ゚〕
北秋田郡 南秋田郡 河辺郡 平鹿郡 由利郡
〔メンコイ〕
北秋田郡 山本郡 南秋田郡 平鹿郡 雄勝郡 由利郡
〔メンコエ〕
鹿角郡 北秋田郡 仙北郡 平鹿郡 由利郡
〔メンケ〕
山本郡 南秋田郡 秋田市 河辺郡 仙北郡 平鹿郡 雄勝郡 由利郡
〔例〕
「メコ゚エ ワラシンダゴド」
「色 白クテ メンケ 子ンダナァ」
「メンケ 面(ツラ)シテルンドモ、トデモ キカネァフンダ」
《めごい》
青森 岩手 宮城 山形 福島
群馬利根郡 新潟 山梨 長野佐久
《めんこい》
北海道美唄市・小樽市 青森 岩手
宮城栗原郡・石巻
山形東置賜郡・東村山郡
福島相馬郡・西白河郡
栃木 神奈川横浜市 新潟佐渡
〔語源考察〕
上古語「めぐし」に由来する語。
めぐし〔愛・愍〕〔形〕
(メは目、グシはココログシのグシで苦しい意)
<『岩波古語辞典』>)
①見るにたえない。いたわしい。かわいそうだ。
*万葉- 一一・二五六〇
「人も無き古(ふ)りにし里にある人を
めぐくや君が恋に死なせむ<作者不詳>」
②見るも切ないほどかわいい。
*万葉- 五・八〇〇
「父母を見れば尊し 妻子(のこ)見れば
めぐし愛(うつく)し〈山上憶良〉」
*観智院本名義抄「優 メグシ」(鎌倉中期)
<『岩波古語辞典』『古語大辞典』>)
―①が原義で、②が転義。
めんこい〔形〕(「めんごい」とも)
かわいい。愛らしい。
*滑稽本・旧観帖-初・二
「今の親父どのの、わしをめんなごがって
つけまはひて、わかいときから正直なア
心になづき申てから、外心もなく
五十年近くそいとげ申たアから、今も
おやぢどのがめんごくって」
*童謡・めんこい仔馬〈サトウ・ハチロー〉
「よべばこたへて めんこいぞ」
<『日本国語大辞典』>
―メコ゚イは上古語「めぐし」に
由来する語で、
〔メコ゚イ・メコ゚エ→メケ゚・メンケ゚→メキ゚〕
〔メコ゚イ→メンコイ・メンコエ→メンケ・メンケー・メンケ〕
と転じたもの。
〔メコ゚コイ〕は〔メコ゚イ〕の語幹に
形容詞をつくる接尾語コイ(名詞、
形容詞の語幹などについて、性質・状態を
強調する)が付いたもの。
〔メンチョコイ〕はメンコイとチッチャコイ
(別項「ちっちゃこい」参照)との混交語
メンチャコイの転。
メントイは〔メンチョコイ→メントコイ→
メントイ〕と転じたものであろう。
*枕- 一五一・うつくしきもの
「葵のいとちひさき。なにもなにも、
ちひさきものはみなうつくし」
―「うつくし」はかわいらしいの意、
メンコイとチッチャコイの混交を裏づけて
いるといえよう。
この資料では、語源を上古語「めぐし」に由
来する語としています。
この「めぐし」について、「メは目、グシは
ココログシのグシで苦しい意」(岩波古語辞
典)とあります。
「見るにたえない。いたわしい。かわいそう
だ。」が原義(もともとの意味)であり、そ
の転義(語の本来の意味から転じた意味)を
「見るも切ないほどかわいい」としています。
滑稽本・旧観帖-初・二(江戸末期)の「今
もおやぢどのがめんごくって」は、前述の原
義の意味で使われているものと思われます。
尚、秋田県内に於ける「めごい・めごえ」の
派生形として13通りの言い方が載せてあり
ますが、ここでは主要な6通りの「メコ゚イ・
メコ゚エ・メケ゚・メンコイ・メンコエ・メン
ケ」を引用しました。
全国的な分布については、18通りの言い方
のうち、「めごい・めんこい」を引用しまし
たが、東北言語圏の影響からか、関東甲信越
にも分布しています。
岩手方言の語源
岩手方言の語源(本堂寛, 2004年)メケ°ー(形容詞)―かわいい--- 引用粋ここまで ---
「コノ オボッコ ナンタラ メケ゚ー ゴド」
(この赤ちゃんは、なんとかわいいこと)
のような言い方をする。
メンコイとも言う。
原型は「めぐい」であって、奈良時代後期の
『万葉集』にすでにその例を見る。
「父母を見れば尊し妻子(めこ)見れば
米具之(メグシ)愛(うつく)し」
とあって、いとおしい、かわいらしい、
の意味で使っている。
「めぐい」の古い形「めぐし」の語源に
ついて、『日本国語大辞典』では
「語源には諸説あるが、『め』(目)と
『心ぐし』の『ぐし』(苦しい)から
成り、目に見て苦しい、気掛かりであるが
本義であり、ここから胸が痛むほどかわいい、
いとしいの意も派生したと思われる」と解説
している。
方言としては、北海道・青森・岩手
宮城・秋田・山形・福島・群馬・新潟
山梨・長野の、ほぼ東日本に広く分布
している。
江戸時代中期の『浜荻(庄内)』に
「庄内にてめごいと云ふは、
いとしい、かはいい、と云ふ事也」と
あり、江戸時代後期の『滑稽本・続東海道
中膝栗毛』に「めごいこんだ
(ことだ)と思ってくれさんせう
(=くださいませ)」とあるので、
かなり広く使われていたようである。
岩手方言では、よい子、かわいい子、を
メンコと言い、特別にかわいがられている子、
をオメコ゚サンと言う。
これも、メケ゚ーを元に名詞化したもので
ある。
この資料では、
原型を万葉集に見られる「めぐい」と
しています。
その「めぐい」の古い形「めぐし」の
語源については、
「め(目)」と「心ぐし」のとしています。
「ぐし(苦しい)」から成り、
目に見て苦しい、気掛かりであるが
本義であり、ここから胸が痛むほどかわいい、
いとしいの意も派生したと思われる」
(日本国語大辞典)
方言としての分布は、東北を中心に、
東日本の広範囲に亘ることが分かります。
江戸時代の文献として、
・浜荻 庄内(江戸中期)をとりあげており、文献上は江戸中期まで
・滑稽本 続東海道中膝栗毛(江戸後期)
遡れることが分かります。
また、滑稽本にも「めごい」が見られること
から、江戸の町人の間でも使われていたこと
が窺えます。
各地の言語資料より
東北各地の言語資料より、語源について解説のあるものをとりあげます。
注)言語資料名の( )内は、発行年、著者名
青森(津軽地方)
津軽方言集(1902年、齋藤大衛・神正民)めごい
〔意味〕カハイ
〔解説〕可愛(カアイ)コト
◯此ノ兒ハ「メゴイ」ナド
◯愛(メグシ)ノ訛ナラン
青森(南部地方)
教育適用 南部方言集(1906年)めごい
〔意味〕
愛(めぐし)の訛にて
かはいことをいふ
青森県南 岩手県北 八戸地方 方言辞典(1986年、寺井義弘)
めごえ(形容詞)古語。
①可愛い。古語めぐし。
②父母見れば尊し。妻子見ればめぐし愛(ウツク)し。
<万葉集八〇〇 山上憶良>
秋田
秋田の方言(1970年、打矢義雄)メゴエ(メンケ)
〔意味〕いとしい。かわいらしい。
〔解説〕
「メゴエ・メンコエ」は全県的に 用いられているが、県南・由利地方には、
ややぞんざいな言い方として、
「メンケ・メゲ」がある。
(中略)
古文からの例をあげると、次のようなものがある。
父母を見れば尊し、妻子を見ればめぐしうつくし・・・
(万葉集)
人もなき古りにし里にある人を、めぐくや君が恋に死なせむ
(同)
秋田のことば(2000年、秋田県教育委員会)
めこ°え【補足】
めんこえ・めんけ・めけ゚・×めき゚
{鹿・北・山・南・河・由・仙・平・雄}
〔意味〕かわいらしい
〔解説〕
『万葉集』などで用いられた「めぐし」の
後身「めぐい」の母音交代形。
「め」は目すなわち見ること、「くし」は
奇しで、心に不思議な感情がわき上がって
くる状態をいう。見るだけで何とも言えず
かわいく感じられることに用いる。
一説に「ぐし」を「こころぐし」の「ぐし」
と共通だとして、苦しい意とする。
〔用例〕
あの わらし めこ゚え。
(あの子はかわいらしい。)
<増田町>
「めごい」などの全国分布(東日本)も
載せてありますが、抜粋を省略しました。
岩手(旧南部領)
盛岡のことば(1981年、佐藤好文)メコ゚エ【めご-い】[愛](形)
〔解説〕「めぐし(愛・愍」から変化したもの
〔意味〕かわいい。愛らしい。
岩手(旧伊達領)
気仙ことば(1965年、佐藤文治)メゴイ(形)
〔解説〕
メゴコイ、メンコイとも。
古語「愛(めぐし)」が原形。その口語。
童謡「めんこい小馬」以来、一般語の語彙の
中に加えられた。
山形(置賜地方)
米澤言音考(1902年、内田慶三)めごえク、又、めんごえク*資料上は「こ」の右側に黒点(半濁点よりやや大きめ)
〔意味〕愛らしい。
〔用例〕「おまえあ、-なあ」
〔解説〕
萬葉集、山上憶良(ヤマノヘノオクラ)ガ、
令反惑情歌ニ、
「妻子(メコ)美禮婆(ミレバ)、
米具斯(メグシ)宇都久志(ウツクシ)」
トアリ。
コノめぐしノ轉ジテ、今ニ存セルナリ。
を付して鼻濁音表記(凡例)
*え(語尾):「江」の変体仮名で表記
*小文字「ク」:形容詞の「ク活用」
宮城(仙台)
仙台方言辞典(1985年、浅野建二)メコ°い(形容詞)*この資料では、鼻濁音を半濁音よりも
〔間接的な語源〕めぐ(愛)し
〔意味〕可愛い
〔解説〕
古語「メグシ(愛し)」の転。
メコ°コい・メンコいとも。
江戸期、中央ではムゴイと同じく
ふびんであるの意。
東北その他は原義。
また、可愛いがることを「メコ°カ°ル」とも。
真澄『かたゐ袋』寛政元年
「みちのく仙台ぶりよみし歌、
みやぎのゝ萩はめごげに咲つれど
露しぼっくて折れさうない」。
少し大きめの「°」で表記。
「°(度)」で代用したものと思われる。
福島(浜通り南部)
いわき方言(1975年、高木稲水)めんごえ(形容詞)
〔意味〕愛らしい
〔解説〕
古語の「めぐし」が語源。
「父母(ちちはは)を見れば尊し、
妻子(めこ)見ればめぐしうつくし
・・・」万葉集。
編集後記
東北(旧奥州・旧日高見国)の言語を未来へ継承していくためには、公用語化が不可欠で
す。
当方の提唱する「奥州語の文法・表記法」は
国語の東北版として、東北各地の言語資料を
基に、東北の広範囲に共通の用法で構成され
ており、書き言葉として文書や記事などに使
うことを想定しています。
尚且つ、東北全土の言語に対応していること
から、東北各地の言語の地域公用語化も視野
に入れています。
東北各地の言語を未来へ継承するための原動
力となれば幸いです。
編集者:千葉光