東北(旧奥州)6県の言語資料を基に、
「あえ」の意味・語源などについて
整理しました。
編集:千葉光
目次:
01. 意味02. 古語「あい」との関連
03. 子音の脱落
04. 各地の言語資料より
【青森】津軽 南部
【秋田】全般 県北 県南
【岩手】旧南部領
【山形】全般 庄内 村山 置賜
【宮城】全般
【福島】全般 会津 中通り(中)
05. 編集後記
意味
あえ
〔意味〕はい
〔用途〕返事をする時の応答語
〔発音〕「え」は「え・い」中間音
※ え・い中間音 はリンク参照古語「あい」との関連
次の資料では、古語「あい」との関連について、物類称呼や浄瑠璃などの文献を
とりあげています。
改定 津軽木造新田地方の方言 Ⅰ巻(田中茂, 2015年)
アエ--- 引用ここまで ---
〔意味〕 はい 呼ばれて返事をする時の語
〔品詞名〕感動詞
〔音韻〕
二音節目の「エ」は「い」と「え」との
間の発音になる音節。
共通語の「え」とは少し違う発音。
〔語誌〕
原形となっている語をあえて「はい」に
求める必要もないのではないか。
「はい」と同じつもりで少し雑に発音
したということか。
『物類称呼・五』に
「他(ひと)の呼(よぶ)に答る語 関東にて、
あいと云 畿内にて、はいと云」
(『日本國語大辞典』)という記録が見ら
れる。
「アイ、国は阿波の徳島でござります」
(浄瑠璃・傾城阿波の鳴門・八『日本國語大辞典』)
「『店先に人がある。財布に気をつけ、
番をせよ』『あい』と言うて」
(拙本・軽口御前男・五)、
「あいあいと言ふたび締める抱へ帯」
(川柳・柳樽・初 以上『小学館古語大辞典
』)と遣われている。
〔用例〕
「茂ァ」「アエ、ナンダバ」
(「茂さん」「はい、何だい」)
音韻の解説では、「アエ」の「エ」を、
「い」と「え」との間の発音としてい
ます。
母音単独の「い・え」が、その中間音に
なるのは、東北共通です。
東北各地の言語資料では、見出し語に
「あい」「あえ」共に載せているものも
あれば、片方のみ載せているものも
あります。
文献では、江戸時代の方言資料である
「物類称呼(ぶるついしょうこ)」に、
関東:あい
畿内:はい
とあります。東北では、母音単独の「い・え」は、
その中間音もしくは「え」となるため、
「あえ」ともなります。
同じく、江戸時代の「傾城阿波の鳴門」、
「軽口御前男」、川柳「柳樽」からも
「あい」の箇所をとりあげています。
子音の脱落
「あえ」「あい」について、「はい」の子音脱落という音韻面から採り上げ
ている言語資料も見られます。
遠野方言誌(伊能嘉矩, 1926年)
(四) 子音の消滅
カ (Ka) 及ハ (Ha) を發頭音とする
語詞のK及Hは時として消滅す。
ハイ (hai)
アイ (ai)
福島県方言辞典(児玉卯一郎, 1935年)
二、音節の頭音の脱落
1、ハ〔h〕行の頭音の脱落
ハ行音は音節全部が脱落することもあるが、
〔h〕だけ脱落することもある。
アイ - ハイ(応諾語)
このように、ハ〔h〕が先頭にくる語彙の
場合、時として、子音〔h〕が脱落すると
しています。
各地の言語資料より
各地の言語資料より、意味・用例などを整理しました。
注)言語資料名の( )内は、発行年、著者名
青森(津軽地方)
津軽弁死語辞典(泉谷栄, 2000年)あいせ
〔意味〕うん、そうとも。
あいでば
〔意味〕はい、諒解だ。
あえでば
〔意味〕はい、そうだよ。
改訂 津軽木造新田地方の方言 Ⅰ巻(田中茂, 2015年)
アエ、テバ・アエ、デバ
〔意味〕はい、もちろんだよ
〔品詞名〕「アエ」感動詞 「デバ」終助詞
〔音韻〕
二音節目の「エ」は「い」が原形の
音節だろう。やや、「い」の方に寄った
狭い口形で話され、共通語の「え」とは
少し違った発音になる。
「デ」も「い」と「え」との間の
発音になる母音の音節。
共通語の「で」とは少し違う発音。
〔語誌〕
「はい、もちろんだよ」とか
「さっきからはいと言っているじゃないか」
ぐらいの意味の応答の辞になる。
「デバ・テバ」には時に相手に対して
詰問するという強い意味合いで言われる
遣われ方がある。
(中略)
〔用例〕
・「コノ 問題 覚(オン)ベデラナ」「アエ、テバ」
(「この問題を解けるかい」「はい、もちろんだよ」)
・「茂来テラナ」「アエ、テバ」
(茂は来ているかい」
「さっきからはいと言ってるじゃないか」)
・「チャント ヤレヨ」「ハエ、デバ」
(「きちんとやりなさいよ」
「判っているよ、やっているじゃないか」)
青森(南部地方)
南部のことば(佐藤政五郎, 1992年)あい
〔意味〕はい - 応答語
〔解説〕目下の者に対して。
あえ
〔意味〕はい - 返事
〔解説〕同輩以下の者に対しての応答語。
〔用例〕あえ、わがった。
青森県南 岩手県北 八戸地方 方言辞典(寺井義弘, 1986年)
あえ(感動)
〔意味〕
はい(応答語)
イ:幼児の返事。
ロ:心安い人への返事。
ハ:物をさしのべる時の合図のことば。
七戸方言集(石田善三郎, 2008年)
アエ(感)
「あい」= 女が同輩以下に対する肯定、
同意の返事。
アーエ は目下に対する返事
秋田(全般)
秋田方言(秋田県学務部学務課, 1929年)あえ(感)
〔意味〕さうです。
〔用例〕
甲『昨日山に行つたか。』
乙『あえ。』
〔方言採集地〕山本郡
あーえぁ(感)
〔意味〕さうです。
〔用例〕
甲『賛成だらうな。』
乙『あーえぁ。』
〔方言採集地〕河邊郡、南秋田郡
秋田(県北)
田代町史資料 第四輯 田代町の方言(秋田県田代町, 1983年)
アエ
①はい、という返事。
②あら、という驚きや奇異を感じた時に
発する声である。
なお、アエ、の二音節、エ、は、
イから転じたものである。
読む方言辞典 秋田県 能代・山本編(工藤泰二, 1995年)
あい 感
〔意味〕
人に答えるとき、また、承知するとき発する
言葉。「はい」。
〔例〕 「あい(え)、わがった」
(ウン、分かった。)。
「うん」とも。yes。
秋田(県南)
おらほの言葉 西木村(佐藤ミキ子, 1997年)アイ 感動詞この資料では、「アイ・アエ」が
〔意味〕
ああ。はい。あのね。
呼びかけの時に言う語。
問いかけの返事。
〔用例〕
「エダガ」、「アイ」
(「居ましたか」、「はい」)。
アエ 感動詞
〔意味〕
ああ。はい。あのね。
呼びかけの時に言う語。
問いかけへの返事。
併用されています。
岩手(旧南部領)
岩手方言集 旧南部の部(小松代融一, 1975年)
アエ
〔意味〕「はい」返辞、「そうです」
盛岡のことば(佐藤好文, 1981年)
アエ[感動]
〔意味〕
呼ばれたときに返事をしたり、
同意をあらわしたりすることば。
山形(全般)
山形県方言集(山形県師範学校, 1933年)あえ
〔標準語〕はい
〔品詞〕感動詞
〔使用地方〕村山、置賜
〔用例〕
こえづしてけろな。あえ、ずげする。
(これ、して下さいね、はい、直ぐします。)
山形県方言辞典(山形県方言研究会, 1970年)
アエ(感)
〔意味〕応答詞「はい」。
〔例〕
「コエづ、してケロ(これをしてくれ)」
「アエ」。
〔分布地点〕全県的。
山形(庄内)
庄内方言辞典(佐藤雪雄, 1992年)アイ 感動詞この資料では、「アイ・アエ」が
〔意味〕ああ。あっ。あのね。はい。
①呼びかけの時に言う語。問いかけへの返事。
「いだが」、「アイ」
(「居ましたか」、「はい」)。
②あきれたり驚いたりした時の声。
「アイこまたごど、わしっできた」
(ああ・はい困ったこと、忘れてきた)。
アエ 感動詞 アイ に同じ。
〔意味〕ああ。あっ。あのね。はい。
①呼びかけの時に言う語。問いかけへの返事。
②あきれたり、驚いたりした時に発する語。
併用されています。
山形(村山)
羽前村山方言(斎藤義七郎, 1934年)アエ
〔意味〕はい
山形(置賜)
宮内方言集(安達正巳, 1970年)あえ
〔意味〕はい
〔例〕
あえ、づけする
はい、ぢきする
宮城(全般)
宮城県史20 民俗Ⅱ 方言(宮城県/藤原勉, 1960年)あい ɑi (廃語)
〔解説〕
応諾の返事。男はンナイと言い、女はアイ
と言った。今の男はン、女はハイと言う。
女のアイは nnɑi の上略か。
福島(全般)
福島県方言辞典(児玉卯一郎, 1935年)アイ 【感】
〔意味〕はい
〔使用地域〕県南、県北、中部、会津
福島(会津)
会津方言集(菊地芳男, 1978年)あい
〔意味〕はい
〔例〕あい分ったぞ
会津方言辞典(龍川清・佐藤忠彦, 1983年)
あい▵【感】この資料の凡例には、
〔意味〕返事(はい)
〔使用形式〕
(上流語)児童・女子に用いるものが多い
イがエとも発音される場合「イ▵」とした
とあるため、見出し語の「あい▵」は、
「あえ」とも発音されます。
只見町史資料集 第5集 会津只見の方言
(只見町史編さん委員会, 2002年)
あい 感動詞
〔解説〕
はい。応答の声。
呼ばれて返事をするときや、
同意または快諾の意をあらわす声。
福島(中通り中部)
郡山の方言(福島県郡山市教育委員会, 1989年)アイ(感)
〔意味〕返事、「ハイ」と同意。
この資料では、「郡山の方言と訛り」の
解説にて、
≪「イ」と「エ」との区別が不明瞭である。
ほとんど「エ」に近い発音であるが、
「イ」と「エ」の中間音であるから、
往々にして反対に聞えることがある。≫
とあるため、見出し語の「イ」は、「エ」に
近い中間音として捉える必要があります。
旧塩澤村地域遺産のことばと地名(菅野八作, 2013年)
アイ
〔意味〕はい(返事)
〔用例〕
ビールもう一本出してくれ。
(アイ)(はい)
編集後記
東北(旧奥州)の言語を未来へ継承していくためには、公用語化が不可欠です。
「奥州語の文法」は、国語の東北版です。
東北各地の言語資料を基に、東北の広範囲
に共通の用法で構成されており、書き言葉
として、文書や記事などに使うことを想定
しています。
この東北共通の書き言葉が、青森~福島まで
東北各地の言語の地域公用語化を促進し、
次世代に言語を継承するための原動力と
なれば幸いです。
編集者:千葉光