奥州)各地の言語資料を基に、意味・表記・
活用・用法について整理しました。
編集者:千葉光
目次:
01. 意味02. 漢字表記
03. 二通りの用法
04. 活用
05. 各地の言語資料より
【青森】全般 津軽 南部
【秋田】全般 県北 中部 由利
【岩手】旧南部領 旧伊達領
【山形】庄内 最上 村山 置賜
【宮城】仙台 三陸圏 県北 県南
【福島】全般 会津 中通り(中) 中通り(南)
浜通り(北) 浜通り(南)
06. 編集後記
意味
潤がす(うるがす)・潤かす(うるかす)
〔意味〕
①水・湯に食物(米・豆ほか)・汚れもの
(食後の食器・洗濯物ほか)などを浸し、
水分を含ませて潤いを与え、ふやけさせ
たり、汚れを落としやすくする。
②依頼されたことを先延ばししたり、意図
せずに放置する。
機の熟すまで様子を見たり、結論を出さ
ず、先送りにする。
①:東北共通②:青森・秋田・岩手・福島
漢字表記
次の資料では、「うるがす」の解説に「潤かす」という表記を用いています。
宮城県史20 民俗Ⅱ(宮城県史編纂委員会, 1960年)
方言(藤原勉)
ウルガス ɯrɯgasɯ※下線は当方にて
〔意味〕水にひたすこと。潤かす。
また、「潤む(うるむ)」という語もあり
ます。これらを踏まえ、当方では「うる」
に「潤」という漢字をあて、「潤がす」と
表記しています。
二通りの用法
「潤がす」には次の①②の用法があります。どのような場面で使うのか、言語資料を基
に整理しました。
①水・湯に対象物(食物・食後の食器など)
を浸し、水分を含ませ、柔らかくしたり、
ふやけさせる。
(東北共通)
・食器にこびり付いた米粒や油汚れなどを、
しばらく水に浸しておき、洗い安くして
おく。
・米や豆などの食物をしばらく浸し、水分
を含ませることで、より旨みのある仕上
がりにする。
・体に貼り付けているガーゼを、水にしば
らく浸けて柔らかくし、剥しやすくする。
②依頼されたことを先延ばししたり、意図せ
ずに放置する。機の熟すまで様子を見たり
、結論を出さずに先送りする。
(青森・秋田・岩手・福島)
・人から頼まれたことや、解決のつきにくい
問題を意図的に放置する。
・玄関に鍵をさしたことを忘れ、意図せずに
放置する。
・解決の難しい問題や物事の交渉の際、すぐ
に結論を出さず、時間をかけて煮詰めたり
、機の熟すまで様子を見る。
・事を意図的に長引かせ、自分に有利な方へ
導く。
・間を置くことで、物事や状況の変化を期待
する。
<参考>
「ふやかす・浸す・漬ける」は、「潤がす」と
意味合いが似ていますが、次のような違いがあ
ります。
【ふやかす】
「潤がす」と違い、対象物が固いもの(食器
など)には使えない。
【浸す】
液体を染み込ませ、ぬれた状態にするとこ
ろまでは「潤がす」と同じだが、その先の、
対象物を柔らかくする意までは含まない。
【漬ける】
「潤がす」と違い、塩・みそ・麹などの食材
に対象物が限定される。
次に、これらの用法が掲載されている津軽・会津の言語資料をとりあげます。
津軽のことば 第一巻(1957年、鳴海助一)
うるがす 動詞(サ行四段)会津ことば散歩(1979年、江川義治)
意味は、
①水に漬ける。水に浸す。うるおす(潤)。
②わざと時間をかける。わざと放っておく。
故意に捨てて構わないでおく。
この「うるがす」は、
津軽ことばのうちでも、
注意すべき味わいの深いことばである。
例:
※ キウリノ タネコ、チト うるがしテデ マケバヤネ。
○ 胡瓜の種子を、少し水にひたしてから蒔けばいいよ。
(早く芽が出るよ)
※ タェヘァ ススギドゴデ、ヘゲサ うるがしテオグ。
○ 漬物桶が乾き切ったから、堰に浸しておこう。
「タェヘ」は「大瓶」で、大きな「カメ」のこと。
漬物に用いる「樽や桶」などを、
「タェヘ」と津軽で呼ぶのは、古語の名残である。
「ススギル」というのは、「乾干切る」で、
これは乾いてしまって桶が「洩る」ことである。
※ コンタラネ うるがしテオエデ、コド、ウヤムヤネ シテシマル キダベガナ。
○ こんなに長びかせて、事件をウヤムヤ にしてしまおうとする魂胆だろうか。
※ カゲ うるがす。
○ 鍵(カギ)を穴に入れたまま忘れること。
うるがす
「あの、姉ちゃこの茶碗など台所さ持っていってな。
ようぐ うるがしておけよ。」
なんて口調で姑が嫁に話しているコトバをよく聞く。
茶碗を洗い易いように、
よく水に漬けておけ、
という意味である。
水に漬けることが「うるがす」だから、
赤飯(あかまんま)を作るときは、
小豆を うるがす。
また餅を搗くときにはモチ米を うるがす、
という段取りになるわけである。
(中略)
「その話はもっと うるがしてみなければ、
俺らなんともいえねえ。」
昨年の秋のこと。
村の老人だちが口角泡を飛ばして
盛んに議論していた最中に、
こんなコトバが飛び出した。
道路開設の問題に関して議論百出し、
とてもむずかしい話のさなかに、
ある老人がこうキッパリと言ったのである。
その話はもっと論議して検討すべきではないか、
さらに煮詰めてみる必要があろう。
こういうことを
「その話はもっとうるがしてみなければ・・・」
といったのである。
津軽・会津の資料ともに、用例を交えながら
詳細に解説しています。
活用
東北各地の言語資料を基に、活用を整理しました。【活用】潤がす
〈参照〉え・あ中間音
〈参照〉「事」を合略仮名で表記
各地の言語資料より
各地の言語資料より、意味・用例などを整理しました。
注)言語資料名の( )内は、発行年、著者名
青森(全般)
東奥日用語辞典及青森県方言集(東奥日報社, 1932年)ウルガス
〔意味〕態と時を空費す
青森(津軽地方)
赤石奥地の方言記録(鶴田要一郎, 1999年)うるがす
〔意味〕
豆などを水に浸す。物事の決定を保留したり
、意識的にずらす場合をいう。
津軽の標準語(久米田いさお, 2007年)
ウルガス
〔意味〕浸す・潤す
〔例〕
ホスモヅ、ツグハンデ、モヅゴメトバ、ウルガス
乾燥餅、搗から、餅米をば、浸す
ウルガヘ、オグ
〔意味〕
結論を出さずに置く・先送りにして置く
浸しておく・潤して、置く
〔例〕
コノ、ハナスバ、ワンツカ、ウルガヘ、オグベシ
この、話を、少し、結論を出さずに、置こう
〔例〕
マメ、ニネ、エジニンジ、ウルガヘ、オゲ
豆、煮るに、一日、浸して、置け
青森(南部地方)
五戸の方言(能田多代子, 1938年)ウルガス
〔意味〕潤す事。水につける。ふやかす。
〔例〕豆を水さ、ウルガして置いた
南部のことば(佐藤政五郎, 1992年)
うるがす
〔古語:潤す - 物を水に浸す〕
〔例〕
○洗濯物をうるがす。
○糯米うるがせ、餅搗くべぁ。
青森県南部地方の方言・民俗(工藤祐, 2008年)
ウルガス
①
軟らかくする為、水に浸すこと。水に浸ける
こと。例えば、米、豆、小豆等。
④
米うるかして餅はたいていたそうだ。佐井村。
〔下北地方昔話集〕
⑤
洗った種籾を一週間位、池または樽につける
。樽に入れた場合、よく水をかきまぜないと
底の籾によくない。その後でなまぬるい湯に
入れたりして発芽し易いようにする。鷹架。
〔民俗調査報告書〕
⑥
水に浸しつけておくこと。味噌豆ウルガス、
豆腐豆ウルガスという。
〔十和田方言漫歩〕
ウルガス
①
人から頼まれたこと等そのまゝにして置くこと。
秋田(全般)
秋田方言(秋田県学務部学務課, 1929年)うるがす
〔意味〕浸す
〔例〕米をうるがす。
〔方言採集地〕南秋田郡、仙北郡、平鹿郡
秋田(県北)
二ツ井町史(二ツ井町町史編さん委員会, 1977年)ウルガス
〔意味〕
水に漬けて潤をつけること。転じて物事の
交渉の際、その熟するのを待つための間を
置くこと。
〔例〕
ソンタニウルガシテ置かネェで早く決めれば
エアッテネェガイ。
秋田(中部)
男鹿の方言集(1993年、佐藤尚太郎)ウルガス
〔意味〕
①普通は米や豆を水に浸すことであるが、
②ときには人を馬鹿にして
相手をいい加減にあしらうこと。
秋田(由利)
本荘・由利のことばっこ(2004年、本荘市教育委員会)うるがす・うろがす
①水に浸す
「あずき うるがしておげ。
(小豆を水に浸しておいて)」
②放置しておく。
「その件 えーがら うるがしておげ。
(その件はいいから放置しておけ)」
③機の熟すまで様子を見る。長引かす。
「あの件 なんとしぇば えーでろ。
もばっこ うるがしておげハ。
(あの件を何としたらいいでしょう。
もう少し様子を見て置いたら)」
岩手(旧南部領)
岩手方言集(小松代融一, 1959年)旧南部の部
ウルガス
〔意味〕
漬ける、水に浸してふやかす、米など水に
入れて柔かにする
盛岡のことば(佐藤好文, 1981年)
ウルガス
〔意味〕
水にひたして水分を吸収させる。水に入れて
ふやかす。
〔例〕
「炊くまえに米をうるがしておく」
「せんたく物をしゃぼん水にうるがす」
種市のことば 沿岸北部編(堀米繁男, 1989年)
うるがす
〔意味〕湿す。霑す。
〔解説〕 うるがさなー。うるがさ(うるがした)。
うるがせ(うるがして)。うるがせ など
〔例〕「豆腐豆をうるがす」
岩手(旧伊達領)
黄海村史(1960年、黄海村史編纂委員会)うるがす
意味:
水か湯に入れて物をやわらかに。
胆沢町史9 民俗編2(1987年、胆沢町)
うるがす
意味:
湯や水液に浸しふやかす。
待たせること。
日時を故意にのばすこと。
山形(庄内)
庄内方言集 おらが庄内弁(1984年、佐藤俊男)うるがす
意味:
水に浸して水をふくませ、軟らかにすること。
例:
芋の茎どごうるがしておけ。
庄内方言辞典(1992年、佐藤雪雄)
ウルガス
意味:
潤す。水に浸す。
豆など水に浸して柔かくする。
例:
「しぇんだぐもの みじさ ウルガス」
(洗濯物を水に浸す)
「こめ といでウルガシておげ」
(米をといで水に浸しておきなさい)
山形県朝日村 大鳥方言集(1996年、工藤栄太郎)
うるがす
意味:
乾燥物を水にひたしもどす。
ふやかす。
山形(最上)
真室川の方言・民俗・子供の遊び(1978年、矢口中三)ウルガス
意味:
ひたす。ふやかす。
(ふやけさせる為)ひたす。
山形(村山)
明治のくらし 山形市本沢地区の民俗(1983年、本沢盛淳)ウルガス
意味:水に浸すこと。
山形(置賜)
米沢方言辞典(1969年、米沢女子短期大学国語研究部)うるがす〔~ga~〕
意味:水に漬ける。潤す。ひたす。
例:「食器洗うから、ウルガシておげ」
宮城(仙台)
仙台の方言(土井八枝, 1938年)うるかす
〔意味〕湯水にひたす、うるほす。
〔例〕
「よごれ物しゃ ぼんみんつぁ うるかして
おきしたから」
(汚れものを石鹸水へひたしておきましたよ)
宮城(三陸圏)
石の巻弁 語彙編(1932年、弁天丸孝)うるがす
意味:
水に浸すこと。
例:
「糯米 うるがすて おせくはん(赤飯)たく」
「洗濯ものを うるがす」
又
「好い人 來たので うるけて 了って」など
云ふ方面にも使ふを聞くことあり。
宮城(県北)
古川市史 下巻(1972年、古川市史編纂委員会)うるがす
意味:水にひたす
宮城(県南)
丸森町史(1984年、丸森町史編さん委員会)うるがす
意味:
漬ける 潤おす ひたす
ぬらす しめらす
白石市史3の(3) 特別史(下)の2(1987年、白石市史編さん委員会)
うるがす
意味:浸す。
例:
「反物ば 盥(たらい)で うるがすてがら、染める」
「凍み餅ば 微温湯(ぬるまゆ)で うるがすてがら、
布巾(ふきん)で 拭えで焼ぐ」
福島(全般)
福島県方言辞典(1935年、児玉卯一郎)ウルガス、ウルカス
意味:漬す
例:米をうるがしておけ
使用地域:県北・中部・会津
福島(会津)
会津方言辞典(1983年、龍川清・佐藤忠彦)うるがす、うるかす
意味:ふやかす、ひたしておく
例:「汚れ物をウルカシておけ」
山都町史 第三巻 民俗編(1986年、山都町史編さん委員会)
うるがす
意味:水に浸しておく。ふやかす。
うすがしておく
意味:
解決のつきにくい問題を
そのままにしておき、
なりゆきをみること。
会津只見の方言(2002年、只見町史編さん委員会)
うるがす
意味:
水またはぬるま湯につけておく、
水につけてふやかす
例:
干しゼンマイを水に・・・
福島(中通り中部)
郡山の方言(1989年、福島県郡山市教育委員会)ウルカス、ウルガス
意味:
ふやかす。水に浸す。
水漬けにする。物事をほおっておく。
旧塩澤村地域遺産のことばと地名(2013年、菅野八作)
ウルガス
意味:先延ばし・ほっとく
例:いづまでもウルガスなよ
意味:浸す
例:ウルガシてがら洗う
福島(中通り南部)
鏡石町史 第四巻 民俗編(1984年、鏡石町)ウルガス
意味:浸す
例:「米をウルガシしておけ」
石川町史 第七巻 下 各論編2 民俗(2011年、福島県石川町町史編纂委員会)
うるがす
意味:水に漬けて柔らかくする
福島(浜通り北部)
相馬方言考(1930年、新妻三男)ウルカス
意味:
うるほす。水漬にする。
水に浸して柔かにする。
例:
もち米一晩ウルカセ。
福島県中村町方言集(1931年、武藤要)
うるかす
意味:
水漬にして柔かにする「うるける」
原町市の方言 わたしたちの古里言葉(1999年、高野徳)
うるがす
意味:
潤すが本来なれど方言としては、
多少のゆとりを与えておく
水を入れておく
大熊町方言集(2019年、おおくまふるさと塾)
ウルガス
意味:
水やお湯に浸す
例:
あした餅(もぢ)搗(つ)ぐがら、
もち米ウルガスベ
福島(浜通り南部)
富岡町史 第三巻 民俗 考古編(1987年、富岡町史編纂委員会)ウルガス
意味:浸す
ウルカス
意味:水漬けにする
いわき市小川町地方の方言(1988年、草野二郎)
うるがす
意味:ふやけさす
例:
このガーゼは
よく うるがしてがら
剥してくんちぇ。
そんじねえど
えでえ がんなえ。
編集後記
奥州/東北の言語を後世に継承していくためには、
東北方言の公用語化が不可欠です。
奥州語の文法は、各地の言語資料を基に、
広範囲に共通の用法で構成されています。
公用語化により、
言語を次世代に継承できる環境を
整えていければ幸いです。
編集者:千葉光