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8/10/2020

ちょす、ちょうす

東北方言の公用語化の一環として、
東北(旧:奥州)の言語資料を基に
意味・表記・用法・語源などを整理しました。

編集:千葉光

目次:

01. 意味
02. 漢字表記
03. 語源
04. 江戸時代の文献
05. 参考文献
06. 編集後記

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意味

各地の言語資料を調べたところ、
奥州/東北6県に共通の意味は、
二通りありました。

ちょす、ちょうす

【手】
 (手で)触る、弄る(いじる)、弄ぶ(もてあそぶ)

【人】
 (人を)からかう、嘲(あざけ)る、愚弄する

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漢字表記

各地の言語資料を基に、
漢字表記について整理しました。

調す
〔意味〕(手で)触る、弄る、弄ぶ
〔読み方〕ちょす、ちょおす

嘲す
〔意味〕(人を)からかう、嘲る、愚弄する
〔読み方〕ちょす、ちょおす

漢字表記は「調ず・嘲す」に基づきます。

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漢字表記 ↑

語源

各地の言語資料では語源について
「調ず(嘲し)、寵する」と
二通りの見解があります。

【調ず(嘲し)】
・津軽語彙 第20編 菅江眞澄と津軽語彙 秋田編(青森)
・津軽弁と語源 - 日本語における方言の力(青森)

【寵する・寵す】
・岩手方言の語源(岩手)
・気仙方言辞典(岩手)
・上山市史 別巻下 民俗資料編(山形)
・どごんわらしえ 故郷福島県「正直」の言葉(福島)

次の言語資料から、語源について引用します。
・津軽語彙 第20編 菅江眞澄と津軽語彙 秋田編
・津軽弁と語源 - 日本語における方言の力
・岩手方言の語源

目次 ↑

語源 ↑

津軽語彙 第20編 菅江眞澄と津軽語彙 秋田編(1973年、松木明)
テウス(動)

1 いじる、もてあそぶ
2 からかう、愚弄する
3 家屋などを修理する、衣類などを繕う

チョウズ(調ズ)にもとずく。

本来の意味は
(1)取り調べる、吟味する
(2)ととのえる、こしらえる
(3)調理する、料理する
(4)からかう 揶揄する
(5)こらしめる
(6)調伏する
などの意味であるが、
津軽では(4)だけは同じであるが、
そのほかのものでは
意味が少し異なるようだ。

これは非常に古い言葉で、
古文にも多くみられるが、
古文ではいずれも
チョウズ と濁音であるが、
津軽では必ず清音にいう。

古今著聞集 六〇八
「火をおびただしくおこして、
そこにて、この狸をさまざま 調じ て、
おのおのよく食てけり」
〔古典 472〕

例:
キタナグヘバ マエネハデ
カミゴト チョヘスナ。
汚なくするといけないから、
紙をいじらないでよ。

アレデバ フトゴト
チョシテバリ エルンダ。
あいつったら人を
からかってばかりいるんだよ。

ヤネ チョサネバ マエネド
モテシタジャ。
屋根を修理しなければならないと
思っていましたよ。

秋田のかりね(天明4年10月14日)
「母さし入て、此雪よ、あふさむ。
わらしよ、てうせすと火くへてよ。
柴こもてこと、火のへたのみさらで明たり。
わらしとは童といへり、
めらしとはわかき女をいふなり」
〔四 36〕

ここの「てうす」は
いじるの意味。
いじらずに火を燃やしてくれ。
柴を持って来いよ、
と言って、寒いので
火の傍をはなれずに
夜を明かしたという。
注)天明4年10月14日:1784年11月26日

--- 引用ここまで ---

語源として
チョウズ(調ズ)をあげており、
(4)からかう 揶揄する
が該当する意味であることを
指摘しています。

菅江眞澄の紀行文
「秋田のかりね」の引用文には、
わらし、めらし
と共に、
てうす(ちょうす)が
書かれています。

この引用文の「てうす」が
「いじる」意味であること、
いじらずに火を燃やしてくれ。
との説明を付け加えています。

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語源 ↑

津軽弁と語源 - 日本語における方言の力(2013年、小笠原功)
チョシ・チョシマシ

津軽の諺(ことわざ)に
「炭火(スミ)ド馬鹿者(バガコ)、チョヘバ、オゴル」
があるが、
この場合の動詞「チョシ」には、
(1) 「馬鹿者(人間)は チョシ と怒る」
のように、
「カマル(構ふ)」と言うよりも、
執拗にからかう、嘲(あざけ)る、
苛(いじ)める、嬲(なぶ)るの意味と、
(2)「炭火(物)は)は チョシ と熾(おこ)る」
のように、
物に対して人が
その指や手で執拗に
触る、弄(いじ)る、
甚振(いたぶ)るなどの
行為を表す場合とがある
(なお、この諺には
「怒る(オル)」と
「熾る(オゴ
)」という
掛詞(かけことば)もある。)

この「チョシ」の語源は、
(1) の意の
「ちょうず・てう(嘲・調)し」である。
鎌倉期の『宇治拾遺物語』では、
射損じた狐(きつね)に
家を焼かれる説話の教訓として
「かやうのもの(狐)をば構へて
調ず まじきなり
(決して苛めるべきではない)」とあり、
『東海道中膝栗毛』には、
将棋に夢中で碌(ろく)に話を聞かない 小見世(こみせ)の亭主に 「こいつ、おいらを てうし やァがる」と
弥次さんが怒るが、
これらの「調ず」「てうし」が
それである。

これに対して
江戸期の特に遊里の中心にして、
「又(また)てうし なんすかと
今度は起き上り是公(おれ)が
上え乗りかかりこそぐる」とか、
「(廓(くるわ)の仕来(しきた)りを犯した客に)
仕着せの古いふり袖をきせ、
新造(若い遊女)
取りまき無駄をいって ちゃうす」等は
(2)の例で、
津軽弁でも用いられている。

また「てうし」「ちゃうす」は、
「由兵衛がちょっかいを吾が懐中に突っ込む」
とあるように、
その行為の中心である
腕や指先を表す卑語(ひご)の
ちょっかい」を用いて、
「おのれ(自分は)このちょっかいにて
色々の悪戯(いたずら)をまつり」のように、
他人に「ちょっかいを出す(悪戯する)」
という意味でも
用いられるようになった。

津軽弁には
「ちょっかい」という表現はないが、
「ちょう(嘲)し」に「まわ(回)す」が
複合した「チョシマシ」がある。
いじくりまわすと同じ意味で
「テレビバ、チョシマシシテル内(ウヂ)ネ、
絵コモ音(オド)コモ、
出ハネグナテ、仕舞(シマ)タ。
初メガラ、テレビ屋サ見(ミ)デモラテレバ、
良(エ)ガタジ」などと言う。
(なお、この例文中の終助詞「ジ」は 「という事だ」→「ちゅう事だ」→
「ジ事(ゴト)」→「ジ(ヂ)」であり、
逆説・確定条件の接続助詞「のに」と
同意味の場合もある。
--- 引用ここまで ---

語源として
「ちょうず・てう(嘲・調)し」を
あげています。

また江戸期の遊里で
「(手で)触れる、いじる」という意味で
使われて例をあげています。

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語源 ↑

岩手方言の語源(2004年、本堂寛)
チョス(動詞)

いじる。もてあそぶ。手で触る

「ソノ ハナ チョスド
 テッコ カンブレルジェ」
(その花をいじると、手がかぶれるよ)

「コノ オボッコノ ホーケア
チョシテ ミロ メケ゚ モンダ」
(この赤ちゃんのほっぺたを触ってみなさい、
可愛いもんだよ)
などのような言い方をする。

全国的には、
北海道・青森・岩手・宮城・秋田
・山形・福島・新潟の、
ほぼ、北海道・東北地方の全域で使っている。

原形は、
愛する、可愛がる、の意味の
「寵する(ちょうする)」であろう。

平安時代末の『今鏡』に
「その子はなりまさの君とて、
知足院の入道大臣(おとど)、
てうし(チョーシ)給ふ人にて」
とあり、ここでは、
知足院の入道大臣が
可愛がっていた
子供であることを
述べている。

ただ、岩手方言で使われている、
いじる、もてあそぶ、
などの意味での文献例は
見ることができなかったので、
元の意味から派生した、
東北地方独自の使い方なのだろう。
--- 引用ここまで ---

原形として、
愛する、可愛がる、の意味の
「寵する」をあげており、
ここから東北地方独自の使い方に
派生したのだろうとしています。

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語源 ↑

江戸時代の文献

「てふす・てうす」は
江戸時代の方言資料
・ 御國通辞(おくにつうじ)
→ 盛岡(江戸寛政2年)

・ 浜荻(はまおぎ)
→ 仙台(江戸末期)
に見られます。

南部叢書 第十冊(1929年、南部叢書刊行会)
御國通辞

てふす(御國辞)
いぢる(江戸詞)
--- 引用ここまで ---

御國通辞は
盛岡・江戸言葉を
対比する構成になっており、
「てふす)」に対応する
江戸言葉を「いぢる」としています。

仙台方言音韻考(1932年、小倉進平)
浜荻

てうす(仙台)
いぢる(江戸)

手にて もて遊ぶさま、
江戸にて
嘲す といふは
あざける事なれど、
嘲弄ともいへば、
したの心は同じかるべし。
--- 引用ここまで ---

浜荻は
仙台言葉と江戸言葉を
対比する構成になっており、
「てうす」に対応する
江戸言葉を「いぢる」としています。

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江戸時代の文献 ↑

参考文献

注)資料名の( )内は、発行年、著者名

青森:
津軽方言集(1902年(明治35年)、齋藤大衛・神正民)
東奥日用語辞典及青森県方言集(1932年、東奥日報社)
青森県方言集(1936年、菅沼貴一)
津軽語彙 第20編 菅江眞澄と津軽語彙 秋田編(1973年、松木明)
津軽弁と語源 - 日本語における方言の力(2013年、小笠原功)
ふるさと歳時記 パート2 赤石奥地の方言記録(1999年、鶴田要一郎)
津軽弁死語辞典(2000年、泉谷栄)
津軽の標準語(2007年、久米田いさお)

青森(南部地方):
青森県五戸語彙(1963年、能田多代子)

秋田:
秋田方言(1929年、秋田県学務部学務課)
二ツ井町史(1977年、二ツ井町町史編さん委員会)
男鹿の方言集(1993年、佐藤尚太郎)
おらほの言葉 西木村(1997年、佐藤ミキ子)

岩手:
南部叢書 第十冊(1929年、南部叢書刊行会)
遠野方言誌(1926年、伊能嘉矩)
九戸郡誌(1936年、岩手県教育会九戸郡部会)
花巻の歴史(1958年、熊谷章一)
西根町史(民俗資料編)(1990年、西根町史編纂委員会)
岩手方言の語源(2004年、本堂寛)
岩手(旧伊達領):
気仙ことば(1965年、佐藤文治)
気仙方言辞典(1978年、金野菊三郎)

山形(全般):
山形県方言集(1933年、山形県師範学校)

山形(庄内):
荘内方言考(1881年(明治14)年、黒川友恭)

山形(最上):
葛麓の華(1922年、常葉金太郎)

山形(村山):
上山市史 別巻下 民俗資料編(1975年、上山市史編さん委員会)
明治のくらし 山形市本沢地区の民俗(1983年、本沢盛淳)


宮城:
仙台方言音韻考(1932年、小倉進平)
石の巻弁 語彙編(1932年、弁天丸孝)
仙台の方言(1938年、土井八枝)
細倉の言葉(1956年、世古正昭)

福島(中通中部):
郡山の方言(1989年、福島県郡山市教育委員会)
どごんわらしえ 故郷福島県「正直」の言葉(2017、鈴木節子)

福島(浜通):
福島県方言辞典(1935年、児玉卯一郎)

新潟県東蒲原郡(旧・会津藩領):
奥阿賀・方言と写真(1997年、徳永次一)

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参考文献 ↑

編集後記

奥州/東北の言語を100年後の
その先へ継承していくためには、
東北方言の公用語化が不可欠です。

奥州語の文法は、各地の言語資料を基に、
広範囲に共通の用法で構成されています。

公用語化により、
言語を次世代に継承できる環境を
整えていければ幸いです。

編集:千葉光

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