東北(旧奥州)6県の言語資料を基に、
意味・表記・語源などを整理しました。
目次:
01. 意味02. 江戸時代の文献
03.「わらし」の年齢の範囲
04. 語源
05. 各地の言語資料より
【青森】全般 津軽 南部 下北
【秋田】全般 県北 県南
【岩手:旧南部領】中部
【岩手:旧伊達領】内陸
【山形】全般
【宮城】仙台 県北 県南
【福島】全般 会津
【福島:中通り】北部 南部
【福島:浜通り】北部 南部
06. 編集後記
意味
わらし
〔意味〕子供
〔漢字表記〕童子
*漢字表記は江戸時代の文献「浜荻(はまおぎ)仙台」の
「わらべの轉、童子なるべし」に基づく
江戸時代の文献
江戸末期の方言辞書である浜荻(はまおぎ)仙台の集録語彙に
「わらし」が見られます。
仙台方言音韻考(小倉進平, 1932年)
【浜荻】--- 引用ここまで ---
わらし
〔意味〕わらべの轉、童子なるべし。
和名鈔童和良志侲子和良波倍。
〔江戸〕こぞう
浜荻は仙台言葉と江戸言葉を
対比する構成となっており、
仙台の「わらし」に対応する江戸言葉を
「こぞう」としています。
「わらし」の年齢の範囲
「わらし」の年齢の範囲については、次の資料でとりあげていました。
【青森県五戸語彙】
・6、7歳から12、3歳まで
【米沢方言辞典】
・5歳から15歳まで
【置賜のことば百科】
・5歳から12歳ごろまで
青森県五戸語彙(能田多代子, 1963年)
ワラシ
〔解説〕
六、七才から十二、三才までの子供の称。
男女共用。
男児はボンジ、オンジ、女はビタという。
米沢方言辞典(米沢女子短期大学国語研究部, 1969年)
わらし
〔意味〕子供。童。五歳から十五歳までの子ども。
置賜のことば百科(菊地直, 2007年)
わらし
〔意味〕子ども。童(わらわ)。
〔例〕「えまの わらしぁ おどなだじな」
〔解説〕
主として、5歳から12歳ごろまでの
子どもをいう。
語源説=ワラハシュ(童衆)の転訛か
(仙台方言考=真山青果)。
また、赤ちゃんを授かった際にも、
「わらし」を用いることがあります。
青森県南 岩手県北 八戸地方 方言辞典(寺井義弘, 1986年)
わらす、なすた
〔意味〕お産をした。子を生(ナ)す。
日本語でも「赤ちゃん・子供」を
明確に区別しにくい場面では、
「子供」を用いることがあります。
奥州語の「おぼこ・わらし」も
同じような関係性にあることが窺えます。
語源
「わらし」の語源については、童衆(わらわしゅう)とする説が有力です。
岩手方言の語源(本堂寛, 2004年)
ワラシ 名詞--- 引用ここまで ---
〔意味〕子供。幼児
北海道・青森・岩手・宮城・秋田・
山形・福島・栃木・新潟の、
ほぼ東日本を中心に使われている。
原形は、
「わらわしゅう」であって、
子供、の意味の「わらわ」と、
複数、を意味する「しゅう」の
結び付いたものと考えられる。
現代語でも、
「ともだち(友達)」は元々、
「とも(友)」と
複数の意味の「たち(達)」の
結び付いたものであるが、
今では単数で使われるのが
普通であるのと同じことである。
子供を意味する
「わらわ」の古い例として、
奈良時代後期の『万葉集』に
「老人(おいひと)も、女(をみな)、わらわも、」
とあって、
老人、女性と並べて
「わらわ」という語を使っており、
これ以外にも多くの文献例が見られる。
ただ、同じ『万葉集』に、
髪を束ねないで無造作に下げ垂らした様子を
「わらわ」と言って、
「黒し髪をま櫛もち、ここにかき垂れ〈略〉
とき乱りわらはになし」のように
使っているので、
子供、の意味の「わらわ」の語源は、
手入れをしない髪の恰好から
出た可能性もある。
子供、の意味が元か、
髪の格好が元か、
さらに吟味する必要があろう。
(中略)
なお、ワラシの原形と考えられる
「わらわしゅう」を文献で見付けることは
できなかった。
(中略)
ちなみに、現代共通語でも使われる、
子供、を意味する「わらべ」は、
「わらわべ」の音略形とされる。
鎌倉時代の文献から現れる。
この資料では、「わらし」の原形を
「わらわしゅう」としています。
「わらわ(子ども)」に、複数を意味する
「衆」が結び付いた語としていますが、
同じ例として、「友達」を挙げています。
これは「友」に、複数を意味する「達」が
結び付いた語ですが、現代語では単数として
使われており、これと同じことであるとして
います。
ただし、万葉集に見られる「わらわ」に、
「衆」が結び付いた「わらわしゅう」は、
文献には見当たらないようです。
尚、語源を「童衆(わらわしゅう)」とする
資料は、他にも見られます。
・気仙ことば(1965年)
・岩瀬郡誌(1923年)
・相馬方言考(1930年)
・福島県方言辞典(1935年)
各地の言語資料より
各地の言語資料より、意味・用例などを整理しました。
注)言語資料名の( )内は、発行年、著者名
【青森】全般
東奥日用語辞典及青森県方言集(東奥日報社, 1932年))ワラシ(ワラシコ)
〔意味〕子供
ワラハド(ワラサド)
〔意味〕子供等
青森県方言集(菅沼貴一, 1936年)
ワラス
〔意味〕
①子供
②相手を侮蔑した場合発す
〔品詞〕名詞
〔区域〕津軽・南部
【青森】津軽地方
津軽語彙 第20編 菅江眞澄と津軽語彙 秋田編(松木明, 1973年)ワラシ
1 男の子 童男
2 子供 小兒(女の子を含む)
物類称呼(人倫)に
「奥羽にてワラシといひ又ボコといふ」
とある。ワラシは東北方言である。
一般には男の子をいうが、子供、小兒と
いう意味で、女の子に対してもいうこと
がある。
複数はワラハドで、男の子たち、
また男女をひっくるめてもいう。
これに対し女の子をメラシという。
とくに年ごろの女の子に対して、
これはメワラシの約言である。
その複数はメラハド。
また農村では
ワノ ワラシ、コノ ワラシというのを
アナシ、コナシともいう。
津軽木造新田地方の方言(田中茂, 2000年)
ワラシ
【意味】子供
【品詞】名詞
【その他】
赤ちゃんのことを「オンボコ」、
「オンボコ」が少し年月を重ねると
「ワラシ」である。
青年期を迎えるまでの間が「ワラシ」で
ある。
時に性別をはっきりさせたい時には
「オドゴワラシ」「オナゴワラシ」
「アネコ」となることも。
【用例】
ワラシ オゲダ ドゴデ 貧乏シテラデァ。
(子供が多いので貧乏しているよ)
「わらし」の範囲について、
「赤ちゃんが少し年月を重ねてから、
青年期を迎えるまでの間」
としています。
【青森】南部地方
青森県南 岩手県北 八戸地方 方言辞典(寺井義弘, 1986年)わらす(名)
〔意味〕子供。単数。
童(ワラベ)→ ワラシ → ワラス
わらす、なすた(句)
〔意味〕お産をした。子を生(ナ)す。
【青森】下北地方
下北半島 大利部落の方言(1986年、大嶋孜)わらし<名>
〔意味〕子供。
〔例〕はせまりながら,むったり,そのわらしばり みでるんだど。
【秋田】全般
秋田方言(秋田県学務部学務課, 1929年)わらし(名詞)
〔意味〕子供
〔方言採集地〕全県
わらしゃだ(名詞)
〔意味〕子供がた
〔方言採集地〕仙北郡・平鹿郡・雄勝郡
わらしゃど(名詞)
〔意味〕子供等
〔方言採集地〕鹿角郡
【秋田】県北
秋田県北部方言考(藤盛直治, 1974年)ワラシ
〔解説〕わらし。わらべ の方言。童男、童女。
【秋田】県南
おらほの言葉 西木村(佐藤ミキ子, 1997年)ワラシ
〔意味〕子供
〔品詞〕名詞
【岩手:旧南部領】中部
遠野方言誌(伊能嘉矩, 1926年)ワラシ(ス)
〔意味〕コドモ
ワラシ(ス)又 ワラシァド
〔意味〕兒童、兒童等
ワラベの轉
遠野民俗資料 遠野ことば(俵田藤次郎・高橋幸吉, 1982年))
ワラス
〔意味〕子供、児童
ワラスド(ワラシェド)(ワラシャド)
〔意味〕子供達
【岩手:旧伊達領】内陸
気仙ことば(佐藤文治, 1965年)ワラシ(名)
〔解説〕
幼児、少年少女。
「童(わらわ)衆」の訛り。
「立根の人達」の意「立根シ」が
「立根衆」の訛りであるのと同じ。
気仙方言辞典(金野菊三郎, 1978年)
わらし[名]
〔意味〕子供。児童。
【山形】全般
山形県方言集(山形県師範学校, 1933年)わらし
〔意味〕子供等
〔品詞〕代名詞
〔使用地方〕最上、置賜
【宮城】仙台圏
仙台方言集(土井八枝, 1919年)わらし わらしこ(名)
〔意味〕小供
【宮城】県北
石の巻弁 語彙編(弁天丸孝, 1932年)わらす、わらすこ*總稱(そうしょう)
〔解説〕
子供の總稱です。
「がぎわらす」等と云ふ卑稱もあり。
【宮城】県南
白石市史3の(3) 特別史(下)の2(白石市史編さん委員会, 1987年)宮城県白石地方の方言と訛語(菅野新一)
わらすこ
〔意味〕
わらし(子供・児童)の訛語に
接尾語の「こ」がついた語。
〔例〕
「あの家のわらすこは、みんな背が高い」
「ほだなごどは(そんなことは)、
わらすこのやるごった(ことだ)」。
わらすこめら(わらしこめら)
〔意味〕子供たち・児童たち
【福島】全般
福島県方言辞典(児玉卯一郎, 1935年)ワラシ【名詞】
〔意味〕子供(童衆)
〔用例〕此のわらしうるさいこと
〔使用地域〕中通り中部、中通り北部、浜通
ワラァシ【名詞】
〔意味〕子供(童衆)
〔使用地域〕中通り中部、中通り南部
ワラッシ【名詞】
〔意味〕子供(童衆)
〔使用地域〕中通り南部、浜通
【福島】会津
会津方言辞典(龍川清・佐藤忠彦, 1983年)わらし
〔意味〕男児
〔用例〕「-が生まれた」
会津では男児に対して、「わらし」を使う
傾向にあるようです。
【福島:中通り】北部(信夫地方)
福島方言集(香内佐一郎, 1953年)ワラシコ
〔意味〕子供
接尾語「コ」が付いた「ワラシコ」という
語形も見られます。
【福島:中通り】南部(白河地方)
岩瀬郡誌(岩瀬郡役所, 1923年)〔訛語〕ワラーシ
〔正語〕ワラハシュ(童衆)
湯本山郷史 奥州白河領木地村とその周辺 上巻(星勝晴, 1973)
わらし
〔意味〕童児。
天栄村史 第四巻 民俗編(天栄村史編纂委員会, 1989年)
わらし
〔意味〕童児
鮫川村史 第一巻 通史・民俗編
(鮫川村 鮫川村史編さん委員会, 2001年)
ワラシッコ
〔意味〕子供
石川町史 第七巻 下 各論編2 民俗
(福島県石川町町史編纂委員会, 2011年)
わらっし
〔意味〕子ども
「岩瀬郡誌」では、「ワラーシ」に対応
する正語として、語源と思われる
「ワラハシュ(童衆)」を挙げています。
「鮫川村史」には、接尾語「ッコ」の
付いた「ワラシッコ」が見られます。
【福島:浜通り】北部(相馬地方)
相馬方言考(新妻三男, 1930年)ワラシ(名)
〔解説〕
子供(男女)をさす卑称。
わらべしゅう又は
わらわしゅう(童衆)の約か。
ワラシコともなる。
相馬郷土 風俗習慣と芸術史(斎藤笹舟, 1959年)
わらし。わらしこ
〔意味〕童児。わらんべ、わらべのてんご
高平方言集(高平方言教室, 2005年)
ワラシ(ワラシコ)
〔意味〕子供
〔例〕うっつあしワラシは、あっちゃ行ってろ
ワラシメラ
〔意味〕子供たち
〔例〕ワラシメラは、どごさ行ったんだべ
大熊町方言集(おおくまふるさと塾, 2019年)
ワラシ
〔意味〕子ども
〔用例〕
今は外で遊ぶワラシの声も
聞こえなぐなったなぁ
※「ワラシコ」とも
【福島:浜通り】南部(いわき地方)
石城郡誌(石城郡役所, 1922年)わらし
〔正語〕こども 小児
〔類別〕俚言
いわき市小川町地方の方言(草野二郎, 1988年)
わらし
〔意味〕子供、童子
編集後記
東北(旧奥州)の言語を未来へ継承していくためには、公用語化が不可欠です。
「奥州語の文法」は、国語の東北版です。
東北各地の言語資料を基に、東北の広範囲
に共通の用法で構成されており、書き言葉
として、文書や記事などに使うことを想定
しています。
公用語化により、次世代に言語を継承できる
環境を整えていければ幸いです。
編集:千葉光