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5/21/2019

ける(呉る)

東北方言の公用語化の一環として、
東北(旧・奥州)6県の言語資料を基に、
意味・活用・原形・用例などを整理しました。

編集:千葉光

目次:

・活用
・「くれる」から「ける」へ
・江戸時代の文献
・各地の言語資料より
・編集後記

ける(北奥州編)は、こちらを参照
ける(南奥州編)は、こちらを参照

活用

「ける」は「くれる」という意味です。
東北6県の言語資料を基に、活用を整理しました。

活用:
活用:「ける」
(※印は、え・あ中間音を参照)

「くれる」から「ける」へ

「くれる」から「ける」への変化について、
津軽・相馬の方言資料から引用します。

津軽語彙 第21編 菅江眞澄と津軽語彙 南部松前編(1974年、松木明)
ケル(動詞)
〔意味〕くれる、与える、やる、クレルの転訛
〔解説〕
一般に津軽の言葉では
レルの語頭のr音が脱落してエルとなる。
その結果クエルとなって
母音が重出するために、
前の母音uが脱落して
ケルとなったものである。

「長くあり」が「長かり」となるのと
全く同称である。

元来クレルは
ラ行下一段の動詞であるが、
r音が脱落したために
カ行の活用となる。

ワエサ ソノリンゴ ケレバ エタテ。
私にその林檎をくれるといんだが。

コノ リンゴ ダバ イダワシクテ ケラエネジャ。
この林檎なら惜しくてやれないよ。
--- 引用ここまで ---

「レル」の「レ」の子音脱落は、東北の言語
の特徴のひとつです。
られる → らえる (怒られる → 怒らえる)

「くれる」から「けろ」への経路は、
ku"r"eru
↓(r音が脱落)
k"ue"ru
↓(母音が重なるのを避ける働きがおきる)
k"e"ru
となります。

「長くあり」から「長かり」への経路は、
naŋak"ua"ri
↓(母音が重なるのを避ける働きがおきる)
naŋak"a"ri
となります。

ここで疑問点が生じます。

「ける」の「け」は、「くれる」の語幹
「くれ」に対応しているため、
くれ・る → け・る
となります。

これに対し、「くれる」の命令形は「くれ」
となるため、
くれ → け
となり、辻褄が合わなくなります。

本来の活用でない「くれろ」であれば、
くれ・ろ→け・ろ
となり、辻褄があいますが、「くれろ」と
いう活用形は方言としてしか存在しません。

それを踏まえると、子音脱落という説が果た
して正しいのか疑問が付きまといます。

次の津軽・相馬の言語資料でも、子音脱落で
「ける」への経路を解説しています。


続津軽のことば 第二巻 補遺編二(1964年、鳴海助一)
ける 〔動詞〕
〔解説〕
「くれる」の訛り。
「クレル・クエル・クェル・ケル」の経路とみる。

相馬方言考(1973年、新妻三男)
4.母音と子音との同時脱落
urが落ちる
ケル(くれる)
ケロ(くれろ)

江戸時代の文献

江戸時代の文献
物類称呼・・・1775年
御國通辞(おくにつうじ)・・・江戸寛政2年
浜荻(はまおぎ)・・・江戸末期
から引用します。

気仙郡語彙集覧稿(2002年、菊池武人)
物類称呼
「くれるといふ事を(略)出羽にて、けろと云。くれろ也」
物類称呼は越谷(こしがや)吾山により刊行された方言辞書です。
語彙は奥羽から筑紫にまで及んでいます。

南部叢書 第十冊(1929年、南部叢書刊行会)
御國通辞
ける
〔意味〕くれる
御國通辞は盛岡の方言資料で、
盛岡・江戸言葉を比較する構成になっています。

仙台方言音韻考(1932年、小倉進平)
浜荻
けろ
「くれろの約。くんな。」
浜荻は仙台の方言資料で、
仙台・江戸言葉を比較する構成になっています。

各地の言語資料より

各地の言語資料より、
意味・活用などを
ける(北奥州編)
ける(南奥州編)
にて整理しました。

参考文献
青森:
津軽方言集(1902年、齋藤大衛・神正民)
青森県方言集(1936年、菅沼貴一)
続津軽のことば 第二巻 補遺編二(1964年、鳴海助一)

青森(南部):
教育適用 南部方言集(1906年、簗瀬栄)
十和田の方言(1997年、国分良人)

青森(下北):
下北・薬研の風物誌(1981年、佐藤徳蔵)

秋田:
秋田方言(1929年、秋田県学務部学務課)
鹿角方言考(1953年、大里武八郎)
本荘・由利のことばっこ(2004年、本荘市教育委員会)

岩手:
遠野方言誌(1926年、伊能嘉矩)
盛岡のことば(1981年、佐藤好文)
種市のことば 沿岸北部編(1989年、堀米繁男)

岩手(旧伊達領):
黄海村史(1960年、黄海村史編纂委員会)
気仙方言辞典(1978年、金野菊三郎)

山形:
山形県方言集(1933年、山形県師範学校)
山形県方言辞典(1970年、山形県方言研究会)
庄内方言辞典(1992年、佐藤雪雄)
真室川の方言・民俗・子供の遊び(1978年、矢口中三)
米沢方言辞典(1969年、米沢女子短期大学国語研究部)

宮城:
仙台方言考(1916年、伊勢斎助)
石の巻弁 語彙編(1932年、弁天丸孝)
細倉の言葉(1956年、世古正昭)

福島(全般):
福島県方言辞典(1935年、児玉卯一郎)

福島(会津):
会津方言辞典(1983年、龍川清・佐藤忠彦)
会津方部 方言の手引書(2008年、蜃気楼)

福島(中通り):
郡山の方言(1989年、福島県郡山市教育委員会)

福島(浜通り):
相馬郷土 風俗習慣と芸術史(1959年、斎藤笹舟)
富岡町史 第三巻 民俗 考古編(1987年、富岡町史編纂委員会)
いわきの方言いろいろ(1999年、ヤッチキ・ヤッペGROUP)

編集後記

奥州/東北各地の言語を後世に残すためには、
東北方言の公用語化が不可欠です。

奥州語は、
奥州/東北各地の方言資料を基に、
広範囲に共通する用法で構成されています。

東北方言の公用語化により、
奥州/東北各地の言語文化を
継承できる環境を整えていければ
幸いです。

編集者:千葉光