東北(旧奥州)6県の言語資料を基に、
意味・活用・用例などを整理しました。
編集者:千葉光
目次:
01.意味02. 活用
03. 語源
04. 各地の言語資料より
【青森】津軽 南部
【秋田】全般 県北 中部 由利
【岩手:旧南部領】中部
【岩手:旧伊達領】内陸
【山形】全般 庄内 最上
【宮城】県北 県南
【福島】会津 中通り(中) 中通り(南)
浜通り(北) 浜通り(南)
05. 編集後記
意味
博る
〔読み方〕ばぐる・ばくる
〔意味〕(物々)交換する、取替える
〔漢字表記〕博労(ばくろう)に基づく
活用
奥州/東北各地の言語資料を基に、活用を整理しました。活用: *え・あ中間音:リンク参照
*合略仮名:リンク参照
次の言語資料に活用が掲載されています。
津軽木造新田地方の方言(2000年、田中茂)
バグル--- 引用ここまで ---
〔意味〕交換する
〔品詞〕動詞
〔その他〕 他人の持っている物や動物、人などを
交換するということである。
原形については判らない。
〔用例〕コノズグリ、吾ノズグリド バグッタダネ。
(この駒と俺の駒と交換したんだよ)
〔活用〕
未然「バグね」
連用「バグリてェ」
終止「バグル」
連体「バグル時」
仮定「バグレば」
命令「バグレ」
ラ行四段活用のようである。
但し、未然形の語尾「ラ」は脱落する。
「ヘル」を付けると「バグラヘル」となる。
「ド」を付けると「バグド」となって
語尾の「ル」が脱落する。
未然形は「ラ」が脱落し、
バグラね → バグねとなるとあります。
各地の言語資料では
「バグンネ」という言い方もあるため、
この「ン」が脱落したものと
捉えることもできます。
「バグラヘル」は使役ですが、
津軽では「セ」音が「ヘ」音になるため、
バグラセル → バグラヘルとなります。
語源
各地の言語資料では「博る」の語源を、牛馬の売買を生業とする
「ばくろう(博労・馬喰)」としています。
青森・秋田・岩手・福島の言語資料から
語源に関する箇所を引用します。
*( )内は著者名・発行年
津軽弁の世界 その音韻・語源をさぐる(小笠原功, 1998年)
「ばくろう(博労)」は、馬・牛などの家畜の売買の仲に入る人。
津軽弁の「ばぐる」は、博労の仕事と同じく、物と物とを交換するという動詞。
教育適用 南部方言集(簗瀬栄, 1906年)
馬を売買する馬喰(ばくろう)の義より轉(てん)じたるか
秋田の方言(打矢義雄, 1970年)
伯楽は馬の交換をも職業とし、日本ではこれを「ばくろう」といった。
それを動詞にすると「バグる」となる。
田代町史資料 第四輯 田代町の方言(秋田県田代町, 1983年)
博労も又牛馬の売買交換を業とするところから、交換することを、バグル、といったものと推測される。
秋田ことば語源考(三木藤佑, 1996年)
筆者は、方言「ばぐる」は「博る」であったと考えている。
(中略)
馬の取引の博労から「バグル」の方言が始まったとする説があるが、逆だと思う。
「博る」という動詞がまずあって、これから博労が派生していったと考えたい。
本荘・由利のことばっこ(本荘市教育委員会, 2004年)
「ばくろう(博労)」に基づき
牛馬を交換したことから動詞となった語か。
盛岡のことば(佐藤好文, 1981年)
「ばくる」は牛馬の売買周旋などを業とする
「ばくろう(博労)」との関係がある語ではなかろうか
気仙ことば(佐藤文治, 1965年)
「伯楽」、「ばくろう」に由来するか。
会津高郷村史3 民俗編(高郷村史編さん委員会, 2002年)
馬喰、伯楽からでた言葉。
岩瀬郡誌(岩瀬郡役所, 1923年)
馬喰の活用にて交換の意に用う
相馬方言考(新妻三男, 1930年)
博労(馬喰)が馬を交換するより出たか。
いわき方言(高木稲水, 1975年)
博労(ばくろう)という名詞が、四段活用の動詞となったものである。--- 引用ここまで ---
動詞「博る」は、
馬を売買する博労・馬喰(ばくろう)が
動詞化したものという説が有力です。
一方で「秋田ことば語源考」のように
「博る」という動詞から博労が派生したと
する捉え方もあります。
各地の言語資料より
各地の言語資料より、意味・用例などを整理しました。注)言語資料名の( )内は、発行年、著者名
青森(津軽地方)
青森県方言集(菅沼貴一, 1936年)バグル
〔意味〕交換する
〔区域〕津軽
津軽の標準語(久米田いさお, 2007年)
バグル
〔意味〕交換する、取り替える
〔例〕カタバエノ、テレビァ、ウヅネ、モテエテ、バグル
買ったばかりの、テレビが、映らない、持って行って、取り替える
津軽弁の世界 ―その音韻・語源をさぐる(小笠原功, 1998年)
ばぐる
〔意味〕とりかえる
〔例〕「お前(め)の大きビダ(めんこ)一枚ど、
吾のタマコ(ビー玉)三つど、ばぐらねが。
五つ出しても良(え)や。」
青森(南部地方)
教育適用 南部方言集(簗瀬栄, 1906年)ばくる
〔意味〕
品物を交換することにて
馬を売買する馬喰(ばくらふ)の義より
轉(てん)じたるか
南部のことば(佐藤政五郎, 1992年)
ばぐる
〔意味〕交換する
秋田
秋田方言(秋田県学務部学務課, 1929年)ばぐる
〔意味〕交換する
〔例〕「それとこれとをばぐれ。」
〔方言採集地〕仙北郡・平鹿郡
秋田ことば語源考(三木藤佑, 1996年)
「俺の鉛筆ど、おみゃの消しゴムどバグロデァ」
「道具なんぼ、バグタッテ腕上がるわげぇねぇ」
秋田(県北)
田代町史資料 第四輯 田代町の方言(秋田県田代町, 1983年)バグル
〔意味〕物を交換する行為
秋田(中部)
男鹿寒風山麓方言民俗誌(吉田三郎, 1971年)ばぐる
〔意味〕交換する
〔例〕「おめの米と、おいのさつまいもど、ばぐるでぁ。」
男鹿の方言集(佐藤尚太郎, 1993年)
バクル
〔意味〕物を交換すること。
秋田(由利)
本荘・由利のことばっこ(本荘市教育委員会, 2004年)ばぐる・はぐる
〔意味〕物々交換する。取替える。
〔例〕「そのとげど この万年筆ど ばくらねぁが。
(その時計とこの万年筆とを交換しないか)」
岩手・旧南部領(中部)
盛岡のことば(佐藤好文, 1981年)バグル
①交換する。とりかえる。
②いくらかの手数料を得て交換の仲立ちをする。
岩手西和賀の方言(高橋春時, 1982年)
ばぐる
〔意味〕
交換する事。
幾分か歩をつけて交換する意味が強い。
岩手・旧伊達領(内陸)
気仙ことば(佐藤文治, 1965年)バクル
〔意味〕交換すること。
〔解説〕
多少は金目の物、時計とガスライータを
取換えるのなどがこれ。
「伯楽」、「ばくろう」に由来するか。
この商談は一種の賭けのようなもので、
馬をとり換えて損することも
得することもある。
互いにそれぞれの臍算盤で
交換が成立する。
だからよく「思い切ってバクったよ」
などと言う。
山形(全般)
山形県方言辞典(山形県方言研究会, 1970年)ばク・ル
〔意味〕交換する。
〔分布地点〕置賜・村山・庄内
山形(庄内)
庄内方言集 おらが庄内弁(佐藤俊男, 1984年)ばぐる*あんこ=めんこ
〔意味〕交換する。
〔解説〕
とりげっこするともいう。
また、ぺっつ(あんこ)などして、
全部もうけること。
今日はぺっつして野郎がら ばぐりあげだ
庄内方言辞典(佐藤雪雄, 1992年)
バグル
〔意味〕交換する。取り返る。
山形(最上)
真室川の方言・民俗・子供の遊び(矢口中三, 1978年)バグル
〔意味〕交換する。
及位の方言(高橋良雄, 1982年)
ばぐる【補足】及位(のぞき)
〔意味〕交換する。
〔例〕「ほれど これ ばぐらねぁが - それと、これを交換しませんか」
宮城(県北)
古川市史 下巻(古川市史編纂委員会, 1972年)ばぐる
〔意味〕交換する
狼河原方言集(芳賀かね子, 1993年)
例:ばぐって やったおんやぁ → 交換しました【補足】狼河原(おいのかわら)
宮城(県南)
白石市史3の(3) 特別史(下)の2(白石市史編さん委員会, 1987年)
ばぐる
〔意味〕物と物とを交換する。
〔例〕
「木版画ど、陶器ばばぐる」
「ほんなに欲すえんなら(欲しいなら)、
なにが(なにか)、こえずど(これと)
ばぐるものば、探してこえ」
角田の方言(角田市郷土資料館, 1994年)
バグル
〔意味〕交換する
〔例〕「このビー玉ど あんだのゴム鉄砲ばぐっぺんや。」
このビー玉と あなたのゴム鉄砲を交換しましょうよ。
福島(会津)
会津方言集(菊地芳男, 1978年)ばぐる
〔意味〕交換する
〔例〕おめえの品どばぐんねえがー
会津方言辞典(龍川清・佐藤忠彦, 1983年)
ばぐる
〔意味〕交換
〔例〕馬をバグロうかと思う
只見町史資料集 第5集 会津只見の方言
(只見町史編さん委員会, 2002年)
ばくる
〔意味〕物と物とを交易・交換すること。
会津方部 方言の手引書(蜃気楼, 2008年)
ばくる(はぐる)
〔意味〕売る・交換する
〔例〕おらいの馬、年取ったがらばくってきたぞぉ。
福島(中通り中部)
都路村史(都路村史編纂委員会, 1985年)バクル
〔意味〕交換する。
田村市史4 田村市のことば(福島県田村市教育委員会, 2010年)
ハグル、バグル
〔意味〕交換する
ふるさとの言葉(紺野雅子, 2015年)
ばぐっか
〔意味〕交換する、とりかえる
〔例〕何でもいいから「はぐっか」なあ。
福島(中通り南部)
岩瀬郡誌(岩瀬郡役所, 1923年)バクル
〔意味〕馬喰の活用にて交換の意に用う。
湯本山郷史 奥州白河領木地村とその周辺 上巻(星勝晴, 1973年)
ばぐる
〔意味〕交換する
〔例〕としょり馬ばぐった
福島(浜通り北部)
相馬方言考(新妻三男, 1930年)バクル
〔意味〕交換する。
〔例〕俺の筆、お前の筆とバクッペ。
福島(浜通り南部)
いわき方言(高木稲水, 1975年)ばぐる
〔意味〕交換する。
富岡町史 第三巻 民俗 考古編
(富岡町史編纂委員会, 1987年)
バクル
〔意味〕交換する
いわき語の海へ いわき叢書2(夏井芳徳, 2013年)
ばぐる
〔意味〕交換する。取り替える。
〔例〕「これどそれ、ばぐんねぇが?」
編集後記
東北(旧奥州)の言語を未来へ継承していくためには、公用語化が不可欠です。
「奥州語の文法」は国語の東北版として、
東北各地の言語資料を基に、東北の広範囲
に共通の用法で構成されており、書き言葉
として文書や記事などに使うことを想定し
ています。
この東北共通の書き言葉が、東北各地の言語
の地域公用語化を促進し、未来へ言語を継承
するための原動力となれば幸いです。
編集者:千葉光