言語の公用語化の一環として、東北各地の言
語資料を基に、過去完了形(経験)「たった
・てあった」の用法について整理しました。
【過去完了形】②:仙台市・東北大学編
【過去完了形】③:秋田県教育委員会編
編集者:千葉光
目次:
01. 用法02. 例文
- 動詞(自身の経験)
- 動詞(自身が目撃)
- 動詞(連体形・仮定形)
- 動詞(継続性過去)
- 無声母音に続く例
- 促音に続く例
- 形容詞・名詞
03. 複数の過去形こそ世界標準
04. 各地の言語資料より
【青森】全般 津軽 南部
【秋田】全般
【岩手:旧盛岡藩】北部
【山形】全般 最上
【福島】会津 浜通り北部
05. 編集後記
用法
たった・てあった
〔用法〕過去完了形(経験を表わす)
〔その他〕「たった形・てあった形」は併用可
この用法について、仙台・秋田の資料では、
次のように記述しています。
宮城県仙台市方言の研究(小林隆, 2000年)
タッタ形を用いた場合には、記憶の検索によ
って確かめられた過去の出来事であるという
意味がより明確になる。
秋田のことば(秋田県教育委員会, 2000年)
具体的・個別的な過去を表す。従来、「回想
的過去」と説明されることが多かったが、こ
れは「シテアッタ/シタッタ」が「過去(発
話時以前)に当該の事態・出来事が存在した
」ことを、話者が自分自身の判断(体験)を
ふまえて述べるものであることによる。
例文
例文を「たった形・てあった形」を並列する形で、7つのカテゴリーにて作成しました。
動詞(自身の経験)
これは、話者が「行った・登った・書いた」
ことを、自身の体験として明示しています。
動詞(自身が目撃)
これは、壁にチラシが貼ってあったこと、こ
の席に大統領が座ったこと、あの人が現場に
居たことを、話者自身が目撃したことを明示
しています。
動詞(連体形・仮定形)
連体形「〜ごど」、仮定形「〜ら」の例です。
動詞(継続性過去)
継続性過去「〜ていた」は、過去のある時点
で、物事が継続している状況を指します。
例文では、話者自身が過去のある時点で「開
けていた」「書いていた」体験を明示し、皆
が宴会で「盛り上がっていた」場面を話者自
身が回想したことを明示しています。
無声母音に続く例
無声母音に続くときは、「たった・てあった
」の「た・て」は濁音化しません。例文では
、「来(き)」「し」が無声母音です。
促音に続く例
促音「っ」に続くときは、「たった・てあっ
た」の「た・て」は濁音化しません。
形容詞・名詞
例文は、形容詞「白かった」「寒かった」、
名詞「天気」「不良」に続く例です。
複数の過去形こそ世界標準
次の資料では、宮城県登米市中田町で使われている二つの過去形について、言語学の観点
からとりあげています。
複数の日本語 方言からはじめる言語学
(工藤真由美・八亀裕美, 2008年)
東北方言の体験証言--- 引用ここまで ---
ところで、日本語の方言で、エヴィデンシャ
リティーを表す形を持っているのは、ウチナ
ーヤマトゥグチだけではない。
ここでは、宮城県登米(とめ)市中田町の言
語事実について簡単に紹介をしておきたい。
この方言では、過去形に二つの形があり、そ
のうちのひとつ(第二過去形)は、発話主体
の体験性を明示する過去テンス形式である。
たとえば、「太郎は昨日この席に座った」と
いう場合、次の二つの言い方がある。
(7) タロー キノナ コノ セギサ スワッタ
[第一過去形]
(8) タロー キノナ コノ セギサ スワッタッタ
[第二過去形]
第一過去形「スワッタ」は、標準語のシタと
同じように、単に出来事が発話時より前に起
こったことを示す形である。この形は、体験
の有無には無関心で、(7) の場合は、話し手
が体験(目撃)している可能性もあるし、し
ていない可能性もある。
これに対して、第二過去形の「スワッタッタ
」を使うと、話し手が体験した過去の出来事
であることを明示することができる。
この二つの過去形は、動詞述語文だけではな
く形容詞述語文や名詞述語文にもある。
「壁のペンキは赤かった」をどのように言う
かみてみよう。
(9) カベノ ペンキ アゲガッタ
[第一過去形]
(10) カベノ ペンキ アゲガッタッタ
[第二過去形]
「あの子は隣町の小学生だった」だとこのよ
うになる。
(11) アノ ワラス トナリマズノ ショーガクセーダッタ
[第一過去形]
(12) アノ ワラス トナリマズノ ショーガクセーダッタッタ
[第二過去形]
形容詞や名詞が述語になる場合も、基本は動
詞述語の場合と同じで、第一過去形は、体験
の有無には無関心で、体験していてもしてい
なくても用いることができるが、第二過去形
は、話し手が体験をしていないと使うことが
できない。
なお、参考までに、この「〜タッタ」という
形は「〜テアッタ」から発展したものと考え
られている。
先に見たウチナーヤマトゥグチの「シヨッタ
」の形は、目撃を表すので、自分自身のこと
については(自分で自分を目撃できないから
)使うことはできない。
しかし、中田方言の第二過去形は、体験性を
明示する形なので、自分自身の体験について
も語ることができる。
(13) [さっき何をしていたのと質問されて]
マド アゲデダッタ(窓を開けていた)
(14) [あのときあなたは何を切っていたのと聞かれて]
スイガ キッテダッタ(すいかを切っていた)
先にアイケンヴァルトによるエヴィデンシャ
リティーの概観を紹介したが、ウチナーヤマ
トゥグチのように目撃を明示するタイプも、
中田方言のように体験を明示するタイプも、
世界の諸言語では報告されていることがわか
る。
日本語だけを見ていると、標準語ではこのよ
うな目撃性や体験性を形態論的にマークする
ことがないので、とても不思議な形のように
思ってしまうのだが、世界的に見れば珍しく
はない。
(中略)
さまざまな言語で、過去形に二つの形があり
、その一方が体験性や目撃性と関係している
という報告があることを知っていれば、中田
方言のような例を見ても驚くことはない。
標準語には二つの過去形がないので、奇妙に
思ってしまうのだが、実は世界的なレベルか
ら見れば、中田方言のほうが「標準的」であ
るとも言える。
広い視野から言語現象を観察することの必要
性を確認できるのではないだろうか。
引用にある用語や人物について補足します。
【エヴィデンシャリティー】
話し手が情報をどこから(どのように)得た
のかを明示する形
【ウチナーヤマトゥグチ】沖縄大和口
【テンス】
発話の時点から見て、時間軸上のどこに位置
するかを表す文法的なカテゴリーのこと
【アイケンヴァルト】ロシア出身の言語学者
この資料では、二つの過去形を使った例文を
、動詞・形容詞・名詞ごとにとりあげ、第二
過去形を使うと、話し手が体験した過去の出
来事であることを明示することができるとし
ています。
この情報源を言い表す文法である「エヴィデ
ンシャリティー」について、ウチナーヤマト
ゥグチには、通常の過去形のほかに、話し手
本人が目撃したことを明示する形があり、中
田方言の例と同様、二つの過去形を比較する
形でとりあげています。
このように、中田方言の体験を明示するタイ
プやウチナーヤマトゥグチの目撃を明示する
タイプは、世界の諸言語でも報告されており
、決して珍しくはないとのことです。
そして、さまざまな言語で過去形に二つの形
があり、むしろ世界的なレベルから見れば、
中田方言の方が「標準的」であるとしていま
す。
各地の言語資料より
東北各地の言語資料より、用法について整理しました。
*資料名の( )内は、著者・発行年
青森(全般)
みちのく双書第二十一集 青森県の方言(此島正年, 1966年)5、助動詞
行ッタッタというような言い方のあるのも、
方言のタがなお完了の意を強く持っている現
れである。
すなわち、タッタは西洋文法で言う過去完了
に相当する形で、完了のタに過去のタがつい
たものと言うことができる。
青森県ではこのタッタは南部弁に主として用
いられるようで、行ッタが単純な完了ないし
過去を表わすだけなのに対して、行ッタッタ
と言うと、「もうとっくに行った・すでに行
っている」という強めや、あるいは「行った
ことがある」という経験を表わすのである。
津軽では、行ッテアッタというようにタを本
来のテアルに戻して言うことが多いようであ
る。(「寒かった・静かだった」を寒クテア
ッタ・静カデアッタと表現するのと関連)。
3、用言※引用欄を二つに分けました。
形容詞について。
(中略)
かくて、方言の形容詞では終止形を基本とし
て活用が単純化されるが、なお注意してよい
のは、いわゆるカリ活用の「赤かろ(う)・
赤かっ(た)」という形が津軽では発達しな
いでしまって、「赤かった」はアケェクテア
ッタのように、「―クテアッタ」(→クタッ
タ)の形を用い、「赤かろう」はアケェベで
済むからもともと「―かろ」のような形は必
要としないのである。
クテアッタなどという言い方は長たらしくて
不便なような感じがするが、実は便利なこと
もあって、たとえばアカクテアリマシタのよ
うにすぐにマスを入れて丁寧表現にすること
ができるが、共通語式の「赤かった」では、
丁寧表現にするばあいに「ます」が入れられ
ず、少し旧式に「赤うございました」と言う
か、あるいは「赤かったです」というぎこち
ない言い方をしなければならない。
「赤いです」という現在形をそのまま過去形
にして「赤いでした」と言えればよいのだが
、これはまだこなれていない(最近はこれが
かなり聞かれるようになっては来たが)。
このばあいに津軽式に「赤くてありました」
と言えば簡単におさまるのである。
こどもは正直なもので、津軽の低学年の子の
作文を見ると、「おなかがずきんずきんいた
くてありました」「そのくすりはにがくてあ
りました」のような表現をどしどししている。
もっとも、中に「たいへんおもしろかったで
した」「だいこんのつけものがいちばんおい
しかったでした」のような言い方が交ってい
るのは、こどもなりの方言と共通語との対応
意識からオモシロクテアッタを「おもしろか
った」と訳し、それに「でした」を加えたの
であって、共通語に完全な言い方がないため
の苦肉の策なのである。
形容動詞について。
(中略)
なお、共通語では「静かだろ(う)・静かだ
っ(た)」という形が活用の中に入れられる
が、方言では、「静かだろう」に当る表現は
シジカダベ(終止形プラス「べ」)と言うか
ら特にこの形をとりあげる必要はない。
「静かだった」は南部では同様に用いられる
が、津軽ではシジカデアッタというふうに本
来のシジカデにアルをつける形で言うから、
シジカダッ(タ)という形を立てる必要がな
い。ちょうど形容詞のばあいにサムカッタが
なくてサムクテアッタと言うのと同じである。
【補足】
この資料では、「行ッタッタ」の「タッタ」
について、西洋文法の過去完了に相当する形
であり、「もうとっくに行った」という強め
や、「行ったことがある」という経験を表わ
す用法としています。
尚、「タッタ」は南部弁に主に用いられ、津
軽では「行ッテアッタ」というように、本来
の「テアル」に戻して言うことが多いようで
す。
形容詞の解説では、津軽の「クテアッタ」の
用法であれば、「アカクテアリマシタ」のよ
うに丁寧表現への移行が容易であるのに対し
、共通語式のばあい、「赤かったです」とい
うぎこちない言い方をしなければならないこ
とを指摘しています。
青森(津軽地方)
日本列島方言叢書② 東北方言考① 東北一般・青森県(井上史雄・篠崎晃一・小林隆・大西拓一郎編, 1994年)
(『国語学』20集所収 S30・12)
津軽方言の文法に関する一考察(日野資純)
三 津軽方言の文法
四、語形変化
◎エマ、キテアッタンダケドナー
(今来ていたんだがな)
◎ショーソーエンテン、ハクブチカンデ、
ヤッテアリマシタ。
(正倉院展を博物館でやっていました)
―学生の教師に対することば―
このように「ている」の意を「テアル」で表
わすことが多い。これは次のように連声形式
としても現われる。
◎(歯を)ニホン、ヌエタッタ
(二本抜いておいた)
なお「タッタ」は津軽よりも南部地区に特に
多いようである。
(中略)
すでにいくつか「連声形式」としてふれてき
たものがその中の一つであるが、ここまでま
とめておくと、例えば先にあげた
◎ニホン、ヌエタッタ。
の「タッタ」は「テアッタ」と意味的に対応
しているので、その項でも述べたように「テ
アッタ」の連声形式とみとめられる。
「テアッタ→タッタ」という音声的変化の結
果こういう対応を示しているわけである。
【補足】
津軽では「てあった」が使われますが、とき
には、その連声形式である「たった」も併用
されるようです。
青森(南部地方)
青森県南 岩手県北 八戸地方 方言辞典(寺井義弘, 1986年)十 助動詞
⑤ 時
(4)過去完了
<たった>
過去の経験を表す語で、動詞の連用形に接続する。
ずっと前、上方(カミガダ)さ行ったった
(ずっと以前、関西に行ったことがある)(終止形)
幼え時(チセ)、行ったったごどおべでる(連体形)
幼え時でも、行ったったら覚えでるべ
(行ったとしたら、覚えているでしょう)(仮定形)
聞いだった。読んだった。見だった。
投げだった。当てだった。来たった。
秋田(全般)
語源探求 秋田方言辞典(中山健, 2001年)てあった・たった〔助動詞〕
【解説】
動詞・同型助動詞の連用形に付いて完了態の
過去(過去完了。大過去)を表す。詠嘆的な
回想の気持ちを表す。
〔テアッタ〕鹿 北 山 南 市 河 仙 由
〔テアタ〕山 南
〔テァッタ〕市
〔テァタ〕市 河
〔タッタ〕北 山 市
〔タタ〕河 仙
【用例】
「アノ 時 アイヅモ 来テアッタナ」
「次ノ 朝マ 起ギダンバ、飯(ママ)ノ 仕度 シテアッタド」
「アノ 映画 去年 見デァッタ」
「昔、昔、アル オ寺サ 和尚(オッ)サンド
三人ノ 小僧 居デアッタド」
「急イデ 行ッタキャ、オ爺サン 鉢巻シテ
赤ァ 顔 シテ 寝デアッタド」
「マグレルエニ シテ(ころがるようにして)
馳シェデ 行ッタッタ」
「アノ 山ノ 所ニ 吾作テ 若ァ者 居ダッタオノ」
【全国的分布】日本方言大辞典
《たった》
青森三戸郡 岩手 宮城宮城郡 群馬勢多郡
埼玉秩父郡 千葉安房郡・夷隅郡 東京都利島
神奈川愛甲郡 新潟岩船郡・西蒲原郡 山梨南巨摩郡
岐阜揖斐郡 静岡富士郡 三重度会郡・北牟婁郡
滋賀高島郡 大阪市 兵庫神崎郡・明石郡
奈良吉野郡 和歌山新宮市 島根 長崎 大分南海部郡
《たた》
青森南津軽郡 三重志摩郡 鹿児島市
【語源考察】
以上のように全国的にはタッタの形であるが
、本県では、タッタ・タタも時に用いるが、
多く原形のテアッタを用いる。
来テアッタ、シテアッタのような無声母音に
続くときや、行ッテアッタのような促音便に
続くときは〔テ〕、漕イデアッタ、死ンデア
ッタ、飛ンデアッタ、住ンデアッタのように
、ガ・ナ・バ・マ行五段の音便形に続くとき
は〔ンデ〕(本濁音・鼻濁音)、その他の場
合は居デアッタ・寝デアッタなどのように
〔デ〕(中濁音・単なる濁音化)となる。
接続助詞「て」+補助動詞「ある」の音便形
「あっ」+過去の助動詞「た」の一語化した
ものであるが、「て」には本来の、完了の助
動詞「つ」の連用形としての意味があると思
われる。
〔注〕
南秋田郡・山本郡に「行ったのだ」の意の「
行ッタッタ」(「行ッタアツンダ」の転)が
あるが、「行ッテアッタ」の転の「行ッタッ
タ」と混同しないように注意を要する。
【補足】
この資料では、「てあった・たった」につい
て、完了態の過去(過去完了・大過去)を表
し、詠嘆的な回想の気持ちを表すとしていま
す。
秋田における分布については、「テアッタ」
が北部の鹿角郡、北秋田郡(大館市など)、
山本郡(能代市など)、中心都市の秋田市、
南秋田郡、河辺郡、仙北郡、南部の由利郡
(本荘市など)と幅広く分布しています。
また、「テアッタ」と「タッタ」の中間形と
思われる「テアタ・テァッタ・テァタ」も見
られます。
一方、「タッタ・タタ」は、北秋田郡、山本
郡、秋田市、河辺郡、仙北郡に分布していま
す。
これを基にすると、「テアッタ形・タッタ形
」の併用地域は、北秋田郡、山本郡、秋田市
、河辺郡、仙北郡となります。
解説にあるとおり、秋田全体では原形である
「テアッタ形」が多く用いられる傾向にある
ようです。
「テアッタ・タッタ」は日本語(全国共通語
)には存在しない用法ですが、日本方言大辞
典によれば、「タッタ」が関東・新潟・山梨
・静岡・三重・関西・島根・長崎・大分に分
布し、「タタ」が青森(津軽)・三重・鹿児
島に分布しています。
語源考察では、「てあった・たった」につい
て、接続助詞「て」+補助動詞「ある」の音
便形「あっ」+過去の助動詞「た」の一語化
したものとしています。
また、接続時の「テ」の濁音化についても詳
細に解説しています。
濁音化しない条件については、無声母音・促
音便「ッ」に続くときとしています。
無声母音とは、子音に続く母音が息の音のみ
で発音される現象です(口形は母音のままの
ため、聞き分けできる)。「来テアッタ・シ
テアッタ」の「来・シ」が該当します。
濁音化する条件については、ガ・ナ・バ・マ
行五段(例:漕グ・死ヌ・飛ブ・住ム)の音
便形に続くときは本濁音化・鼻濁音化し、そ
れ以外の音便形(例:居ル・寝ル)に続くと
きは中濁音化(単なる濁音化)するとしてい
ます。
岩手:旧盛岡藩(北部)
種市のことば 沿岸北部編(堀米繁男, 1989年)助辞
一、助動詞
【回想】
った〔過去完了「た」につけて、過去に、若
しくはすでに完了していることを回想して言
う〕
未然:ったべえ
連用:○
終止:った
連体:ったとき
仮定:たらば たれば
命令:○
「大阪の博覧会さ お前も 行ったったべえ」
(・・・お前も行ったでしょう)
「昨年の盆には あれも踊ったった」
(昨年の盆には、あれも踊った)
「食って来たったども 又食うがなぁ」
(食って来たけれども 又食おうかなぁ)
山形(全般)
山形県方言辞典(山形県方言研究会, 1970年)(11) 過去。
(中略)
次に「〜タッタ」の用法が西村山郡西部から東置賜
・西置賜の一部及び最上地方にあり、山田二男氏の
宮内町方言研究書にも「行ったった」「見たった」
「在ったった」の例をあげ、上の「た」は完了、下
の「た」は過去を示すと解している。
北村山地方では、「〜じゃないか」の意のンナエが
が接する時、例えば「お前も行(エ)ッタッタンナ
エが(お前も行ったというじゃないか)」と相手を
なじるように問責することばの中に用いられるだけ
のようである。
山形(最上地方)
新庄弁考 改訂版(森勇, 2021年)たった
〔解説〕
かったと同様、過去の習慣や出来事をいう。
〔例〕
「あの床屋さ、通ったった」
「いづもあの人さ、投票すたった」
「十字路さ、雷音堂てゆう店があったった」
「あの年、小磯さんが来たった」
かった
〔解説〕
動詞終止形につき、過去の事実や習慣を表す。
「いづも、あの店で買うがった」
「九時(ず)には寝っかった」
過去形につくと、過去の特別な出来事や状況をいう。
「新庄にも、空襲があったがった」
「昔は、もっと雪が降ったがった」
福島・会津
田島町史 第4巻 民俗編(田島町史編纂委員会, 1977年)方言の語法
助動詞
過去・完了・回想
過去・完了の助動詞にはタがあり、タッ・タ・タ
・タラと活用し、共通語に等しい。
「ヤマサノボッタッタ」などのタッタは過去の経
験を示し、過去完了の働きをしている。さらに詠
嘆をともなって「ノボッタッタナー」となれば回
想の意にもなる。
通常回想を表すにはケを用い、「ヤマサノボッタ
ッケ」などのいい方をする。
福島:浜通り(北部)
相馬方言考(新妻三男, 1930年)第三篇 語法
3.時
ロ、過去
「行ったった」「みったった(見てゐたった
)といふ普通口語と同じ形があり、「けり」
の名残の「ケ」がある。
行ったっケ。死んだっケカナー。(回想形)
悪えっケ。原釜さ揚った鯨、うんと大っきっケ。(詠嘆形)
行ったったサ。ほだったサ。
編集後記
かつての日高見国である東北地方の言語を未来へ継承していくためには、公用語化が不可
欠です。
当方の提唱する標準東北語の用法は、国語の
東北版として、東北各地の言語資料を基に、
東北の広範囲に共通の用法で構成されており
、文章語として公文書や記事などに使うこと
を想定しています。
尚且つ、東北全土の言語に対応しているため
、東北各地の言語の地域公用語化にも貢献で
きるはずです。
当方では、標準東北語を、中国における北京
官話(普通語)に相当するものと位置付けて
いますが、「方言」から公用語化への脱却こ
そが、明治以降、自らの言語を否定され、劣
等感を植え付けられた東北の力を引き出す原
動力となるはずです。
編集者:千葉光






