東北(旧奥州)各地の言語資料を基に、
「わ(我)」の用法について整理しました。
編集:千葉光
目次:
01. 意味02. 助詞「の」が伴わない用法
03. 用例
04. 独特な表現
05. 青森には見られない対称の用法
06. 自称・反照・対称(語源探求 秋田方言辞典)
・前半部より
・後半部より
07. 中国語・琉球語の「我」との比較
08. 各地の言語資料より
【青森】全般 津軽 南部 下北
【秋田】全般 県北 県南 由利
【岩手:旧南部領】全般 北部
【岩手:旧伊達領】内陸 沿岸
【山形】全般 庄内 最上 村山
【宮城】仙台 三陸圏 県南
【福島】全般 会津 中通(中)
中通(南) 浜通(北) 浜通(南)
【新潟】東蒲原郡(旧会津藩領)
08. 編集後記
意味
わ(我)
【意味】
〔反照代名詞〕自分、自己、おのれ
〔自称代名詞〕私、僕、おれ
〔対称代名詞〕あなた、君、お前
【読み方】
〔短音〕わ(我)
〔長音〕わァ(我ァ)
【漢字表記】中国語の「我」に基づく
反照・自称・対称と3通りありますが、
対称については地域により違いが見られます。
【対称代名詞】
〔青森(津軽・南部)〕
対称としては使われていない
〔福島・中通〕
対称として使われる傾向が強い
読み方は、短音「わ」、長音「わァ」と
二通りあります。
長音「ァ」については、
助詞「ハ」に相当するものとする資料も
見られますが、「語源探求 秋田方言辞典」
「庄内方言辞典」では「ワの長音化」と
していることから、当方ではこちらを支持
しています。
助詞「の」が伴わない用法
東北の言語では、「わ」「おら」などの人称代名詞に、連体格の助詞「の」が
伴わずに、名詞(体言)が接続する用法
があります。
連体格とは、連体修飾語の文節を構成する
要素となる格助詞「の」などの働きのこと
です。
【例】「私の家(連体修飾語)」
「の(連体格)」は、
「家」という名詞(体言)が
「私」のものであることを
詳しく説明(連体修飾)している。
「我(わ)」に助詞「の」が伴わない用法
について、東北各地の資料では主に次のもの
が見られます。
〔自分・私の家〕
我家(わえ)・我ァ家(わァえ)
〔自分・私の方〕
我ァ方(わァほ)
〔自分・私の物〕
我物(わもの)・我ァ物(わァもの)
〔自分の事ばかり〕
我ごどばり(わごどばり)
我ァごどばり(わァごどばり)
「我家」「我ァ方」などが、
ひとつの名詞として機能します。
尚、この用法は、反照・自称に限られ、
対称(二人称)には使われないようです。
用例
東北各地の言語資料を基に、「わ(我)」の用例について作成しました。
*我(わ) 我ァ(わァ)
【反照・自称(兼用)】
・我家さ 来てけろ
・こえづ 我物だ
・我ばり 怒らえる
・我も 行ぐ
・我さも けろ
・この本こ 我のだ
・我国でだら 違法だ
・我ァ方のごどだら 我ァ方でする
【反照】
・我ァごどだら 我でやれ
(自分のことは自分でやれ)
・我腹(わはら) 温(ぬぐ)だめる
(私腹を肥やす)
・我ァ口(わァくぢ) 愛(め)こ゚え
(自分の口が可愛い - 自分さえ食べればそれでよい)
対称(二人称)の用法は東北共通ではない
ため、用例から外しています。
独特な表現
秋田・宮城の言語資料に独特な表現が見られました。
秋田:
わはら(我腹) ぬぐ(温)める
〔意味〕私腹を肥やす
〔出典〕語源探求 秋田方言辞典
これは直訳すれば「自分の腹を温める」となりますが、「私腹を肥やす」という意味
です。
宮城:
わー(我ァ) くず(口) めごえ
〔意味〕他人はどうでもよい、自分さえ食べればそれでよい。
〔出典〕宮城県白石地方の方言と訛語
これは直訳すれば「自分の口が可愛い」となりますが、「他人はどうでもよく、自分
さえ食べればそれでよい」という意味合い
の表現です。
青森には見られない対称の用法
青森(津軽・南部・下北地方)の資料には、対称の用法は見られませんでした。
津軽の人称代名詞について
解説のある資料をとりあげます。
津軽木造新田地方の方言(田中茂, 2000年)
ワ
【意味】自分・俺・私(第一人称)
【原形】わ・吾
【品詞】人称代名詞(第一人称)
【その他】
俺・私・第一人称。男女共に用いる。
〈津軽方言、人称代名詞〉
「一人称=ワ・オラ」
「二人称=ナ・オメ・ソヂ」
「三人称=アレ・コヂ」
「不定称=ダ」
となろうか。
【用例】
ワド ナド ケヤグ ダネ。
(俺とお前と友達だよ)
ナヤ、ワヤノ 仲(ナガ)ダネ。
(ナヤ、ワヤと気楽に呼び合う親しい間柄だよ)
二人称(対称)を三つとりあげていますが、
津軽の資料の用例には、東北全体に見られる
「オメ」よりも、「ナ」が多く見られます。
自称・反照・対称
「語源探求 秋田方言辞典」では、「わ」について、自称・反照・対称ごとに、
前半部では発音・用法・用例・使用地域を、
後半部では語源についてとりあげています。
ここでは、前・後半部に分けて引用し、
当方による補足を付け加え整理しました。
前半部より
語源探求 秋田方言辞典(中山健, 2001年)わ〔代名〕--- 引用ここまで ---
(1)自称。私。僕。おれ。
〔ワ〕鹿角郡・北秋田郡・山本郡
河辺郡・仙北郡・平鹿郡・雄勝郡
〔ワー〕由利郡
《複数》
〔ワダヂ〕雄勝郡 〔ワダ〕平鹿郡
《連体格(私の)》
〔ワエ〕平鹿郡・由利郡(私の家)
〔ワゼン〕仙北郡(私の銭)
〔ワーホ〕由利郡(私の方)
〔用例〕
「ワモ 行グ」
「ワサモ ケレ」
「ワドゴモ 連レデアンベ」
「ワンバリ ゴシャガエデ 馬鹿クセァナ」
「ソレ ワナンダ」
「ワ アシタ 山サ 行グ」
(2)反照。その人自身。自分自身。自分。
〔ワ〕北秋田郡・山本郡・河辺郡・仙北郡
平鹿郡・雄勝郡・由利郡
〔ワー〕由利郡
《複数》
〔ワカ゚ダ〕河辺郡 〔ワダ〕由利郡
《連体格(自分の)》
〔ワゴド〕雄勝郡・由利郡(自分のこと)
〔ワエ〕由利郡(自分の家)
〔ワーモノ〕由利郡(自分の物)
《ワハラ 温(ヌグ)メル》
雄勝郡(私腹を肥やす)
〔用例〕
「ワノ ゴドンバリンデ フトノ ゴドンダンバ
考エネァ 人ンダ」
「アノ 人ンダンバ ワ エンバ エナンダ」
「ワダノ ゴドァ ワダンデ シェ」
「子供ァ ワーモノモ 人ノ モノモ
見サゲァ ネァ」
(3)対称。あなた。君。お前。
〔ワ〕仙北郡・平鹿郡・雄勝郡・由利郡
〔ワー〕由利郡
〔用例〕
「ワ ママ 食ッタガ」
「ワ 何所ガラ 来タ」
「コレ ワサ ヤル」
「マンズ ワガラ ヤレ」
「ソレンダンバ ワ悪リナンダ」
発音は、短音〔ワ〕、長音〔ワー〕と
二通りありますが、
長音の使用地域は山形県庄内地方に
隣接する由利郡のみとなっています。
自称・反照の使用地域として
7つの郡があげられている一方、
対称は4つの郡と少なく、
自称・反照に比べて、使用地域が
限られているようです。
連体格として、東北の広範囲に見られる
〔ワエ〕〔ワーホ〕〔ワゴド〕〔ワーモノ〕
などがある一方で、
「ワハラ ヌグメル(私腹を肥やす)」
のような独特の表現もとりあげています。
後半部より
語源探求 秋田方言辞典(中山健, 2001年)〔語源考察〕--- 引用ここまで ---
わ〔我・吾・和〕〔代名〕
①自称。男女とも用いる。
格助詞「が」を伴うことが多いが、
上代では助詞「は」「を」「に」をも
伴う。中古以降は専ら「わが」の形と
なる。
*古事記 - 中・歌謡
「嬢子(をとめ)の 床(とこ)の
辺(ベ)に 吾が置きし 剣の太刀
その太刀はや」
*万葉 - 一一・二四八三
「敷栲(しきたへ)の衣(ころも)
手離(でか)れて玉藻なす靡きか
寝(ぬ)らむ吾(わ)を待ちまてに
<人麻呂歌集>
*万葉 - 一四・三三六六
「ま愛(かな)しみさ寝に
吾(わ)は行く鎌倉の美奈の瀬川に
潮満つなむか
<東歌・相模>
上代では「わどり」のように、
名詞とも複合した。
わどり〔我鳥〕〔名〕
私の鳥。自分のものである鳥。
自分の自由にする鳥。
相手の言うことに従わないことを、
鳥にたとえていった語。
汝鳥(などり)に対していう。
*古事記 - 上・歌謡
「我が心 浦渚(うらす)の鳥ぞ 今こそは
我鳥(わどり)にあらめ 後は汝鳥
(などり)にあらむを」
②反照。その人自身。自分自身。
*伊勢物語 - 九
「宇津の山に至りて、わが入らむとする
道は、いと暗う細きに」(平安前期)
③対称。相手を親しんで、また卑しめ
軽んじて呼ぶ語。おまえ。きさま。
*宇治拾遺 - 一一四
「おれ(汝)は何事を言ふぞ。わが主の
大納言を高家に思ふか」(鎌倉前期)
―本来自称の「わ」が反照代名詞ともなり、
反照代名詞としての自身という意味が、
話し手自身にも聞き手自身にも
用いられることから、さらに対称の用法も
生まれたものであろう。
(中略)
方言のワは一音節語であるため、
聞こえのうえから〔ワー〕と長音化する
ことがある。
(1)(2)に連体格助詞「の」を伴わずに
連体格に立つ用法があるが、秋田方言では、
ワだけでなく、「体言+体言」の場合、
上接の体言が「体言+の」(連体修飾語)の
職能をもつ表現がわりに見られる。
オラエ(おらの家)、ヂンヂ首(爺の首)、
ヂンヂエ(爺の家)、
ショデノアバワラシ(前の母(アバ)の子)
など。
(『秋田方言の国語学的観察』)
語源考察によると、東北と同じ「わ」と
いう形が見られるのは上代(主に奈良時代)
までであり、用法も自称代名詞に限られて
いたようです。
万葉集からの引用に、
「吾(わ)を」「吾(わ)は」が、
古事記からの引用に、名詞と複合した
「我鳥(わどり)」が見られます。
中古(主に平安時代)以降は、
現代日本語でも使われている
「わが」の形となり、
時代が下るにつれ、反照、対称の
用法に拡がっていったようです。
語彙の解説では、
連体格助詞「の」を伴わない用法について
とりあげています。
例として、
代名詞「オラ」に名詞が接続した
「オラエ(おらの家)」、
普通名詞「ヂンヂ(爺)」「アバ(母)」
に名詞が接続した「ヂンヂエ(爺の家)」
「アバワラシ(母の子)」などを
あげています。
代名詞だけでなく、身分関係を表わす
「母・爺」などの普通名詞にも、
この用法が使われていることが分かります。
中国語・琉球語の「我」との比較
中国語・琉球語・奥州語の「我」を比較してみます。
【中国語】
我[Wǒ]ウォー
〔意味〕私
【琉球語】
わん(我ん)・わー
意味:自分、私
【奥州語】
わ(我)・わー
意味:自分、私、あなた
中国語の「我」は自称のみの用法です。
発音面では、W音が共通しています。
各地の言語資料より
各地の言語資料より、意味・用例などを整理しました。
注)言語資料名の( )内は、著者名、発行年
【青森】全般
青森(津軽・南部・下北)の言語資料には、対称の用法は見られません。
東奥日用語辞典及青森県方言集(東奥日報社, 1932年)
ワ(又はワイ)
〔意味〕我
青森県方言集(菅沼貴一, 1936年)
・わアどごァこだでァ。*用例は、代名詞・助動詞・助詞の
(私の處ハコヽデス)
・わアあさまねまいにぢ冷水浴さね。
(私ハ毎朝冷水浴ヲスル)
・話コきでわもすべって見たぐなった。
(オ話ヲ聞イテ私モ辷ッテミタクナリマシタ)
・それァわアのだ。(わアンだ)
(ソレハ私ノデス)
・わもの。(自分ノモノ)
なもの。(オ前ノモノ)
・わアどなアど二人、あさえてらづぎ、
あえ(れ)ど「だエだば」てさがだ
(僕ト君ト二人デ歩イテヰタラ
ソノ時アノ人達「誰ダッ」ト叫ンダ)
・我ばりせめる。(私バカリ責メル)
用法の解説から抜粋
【青森】津軽地方
津軽語彙 第20編 菅江眞澄と津軽語彙 秋田編(松木明, 1973年)
ワ(代)
〔意味〕
われ おのれ わたくし
自称の代名詞で一人称
古語のワ(吾、我)にもとずく
大人たちの間でも一般に用いられるが、
ことにひろく子供たちの間で言われる。
古文に多くみられ、津軽のワも
この古い言葉が遺ったものであろう。
萬葉集 十一 (2482)
「橘の下に吾(わ)を立て下枝(しづえ)取り
成らむや君と問ひし子らはも」
〔古典三 185〕
古事記 下
「答ひて日ひしく、我(わ)は山代の猪甘ぞいひき」
〔古典307〕
〔用例〕
○ワケァ ソヘヘネ。
私はそうしたんじゃないですよ。
○ワサモ リンゴ ケシナガ。
私にも林檎を下さいな。
○ワダジァ ミンナデ アスブベァ。
私たちはみんなで遊ぼうよ。
青森・米作りの方言(三浦義雄, 1996年)
ワー(名詞)
〔意味〕私。我。俺。
「わ・わァ」が併用されています。
津軽では、二人称では使われません。
【青森】南部地方
青森県五戸語彙(能田多代子, 1963年)ワ
私。一人称。
ワァ、ワェァ、ワダシ、ワダグシ、オラ、オレともいう。
青森県南 岩手県北 八戸地方 方言辞典(寺井義弘, 1986年)
わ(代、一人称)古語
①吾。我。私。
わはアルタイ系の一人称、
あは南方系の一人称という
(村山七郎氏)
わァ(代)
〔意味〕我。私。
わァど(代名)
〔意味〕私達。(複数)
わァ、え(名)
〔意味〕私の家。えは家の訛語。
わの(名)
〔意味〕私のもの。
わのだ(句)
〔意味〕私のものだ。
南部のことば(佐藤政五郎, 1982年)
わ
〔意味〕古語:私。我。
〔用例〕
・わ(我)どな(汝)
〔解説〕
「わえ・わら・おら・おれ・わだし・わだぐし」
などと。
わー
〔意味〕私は、私が、私の
〔用例〕
・わー行がね(私は行かない)
・わーやる(私がやる)
・わーのだ。(私のだ)
わーがー
〔意味〕私がか?
〔用例〕
んが行かねど。(お前行かないの?)。
わーがー。(私が?)
わーど
〔意味〕我等・私達。
〔用例〕わーどぁ行がねもな。
わーな
〔意味〕私はね。
〔用例〕わーな、しぐじったもえ。
わーはー
〔意味〕私はもう
〔用例〕
・わーはーわがねでぁ(私はもう駄目ですよ)
わーよーたのさ
〔意味〕私のようなものに
〔用例〕
・わーよーたのさ頼んでもわがねんだ。
(私のような者に頼んでも駄目なんだ)
わーら
〔意味〕私・我(沿岸地方)
わごど
〔意味〕私のこと
〔用例〕
・わごど、わるぐちしゃべったな
(私のことを、悪口言ったな)
わさ
〔意味〕私に
〔用例〕わさもけろ(私にも呉れ)
わさも
〔意味〕私にも
〔用例〕わさも教えろ(私にも教えろ)
わだきゃ〔私は〕
〔意味〕私なら。(女性語)
〔用例〕
・わだきゃ行かね。
・わだきゃそったどごさば行がね。
「わだけぁ」とも。
わど
〔意味〕我等―私達
わどぁ
〔意味〕私達は
わにも(わねも)
〔意味〕私にも
わ、は
〔意味〕私はもう
〔用例〕
・わ、は、いらね。(私は、もういらない)
・わ、は、かね。(私はもう食わない)
われ
〔意味〕あなた・お前
〔用例〕
・われ三年いて何もろた
(お前三年いて勤めて何を貰うた?)
・言うごどきかねば、われも呑んですまるじょう。
われぁ
〔意味〕私は
われぁごど
〔意味〕自分のこと、他人のことでなく自分の事。
わん
〔意味〕私。
〔用例〕
・わんだば(私なら)
・わんねぁわかんねえ(私にはわからない)
・わんに一枚この子に三枚
(私に一枚、この子に三枚)
わんさ
〔意味〕私に
〔用例〕
・わんさもけろ(私にも呉れ。)
「わさも」とも。
同じ旧南部藩領でも、岩手県側には
「二人称」の用法が見られますが、
青森県側には見られません。
一方、「われ(我)」には、
二人称としての機能もあります。
また「南部のことば」には、
琉球語にみられる「わん」も見られます。
【青森】下北地方
下北・薬研の風物誌(佐藤徳蔵, 1981年)ワァ
〔意味〕私、自分、おれ
下北半島 大利部落の方言(大嶋孜, 1986年)
わ〈代〉
〔意味〕私。
〔用例〕
「なったらでもいいしてぇ,
なったら ちゃっこい いしこごりでも
いいしてぇね, わぁまごだって
うまえだら, なんぼ おもしろがべ。」
わえ〈代・連語〉
〔意味〕
わが家。ただし, 「わが家」というような
連語意識は希薄である。
また, 「わが家」を指す場合と,
一人称の「自分」の側を指す場合がある。
その分かれめははなはだあいまいである。
〔用例〕
「こら!おがって, わえのまごになれ。」
わえん〈連語〉
〔意味〕
わが家。別項の《わえ》よりも
「家」そのものを強調する意識が
はたらいたために撥音が添えられた
ものと考えられる。
〔用例〕
「めんどうみる。なんぼでもめんどう
みるしてぇ, わえんさ, あんべ。」
わど〈代〉
〔意味〕私たち。
〔用例〕
「まごぁ, なふても, わどだら, いぢでぇ,
そうしてくらしてもいいんだぁ。」
同じ旧南部藩領でも、
岩手県側には「二人称」の用法が
みられますが、
下北地方にはみられません。
【秋田】全般
秋田方言(秋田県学務部学務課, 1929年)わ(代名)
〔意味〕私、我れ。
〔用例〕「わ、山に行ったら。」
〔方言採集地〕鹿角郡・北秋田郡・仙北郡・雄勝郡
【秋田】県北
秋田県北部方言考(藤盛直治, 1974年)ワ
吾。我。自称の代名詞。古語。
われ。おのれ。私。
わ の語は今も使はれている。
― せい(私が、自分が)
―も行く(私も行く)
―さも呉れ(私にも呉れ)
―だってやれる(私だってやれる)。
【秋田】県南
おらほの言葉 西木村(佐藤ミキ子, 1997年)ワ
〔意味〕自称。私。我。自分。本人。
〔品詞〕人称代名詞
ワァバリエシテ
〔意味〕自分ばかり良くて。
〔品詞〕連語
ワーエ
〔意味〕自分の家。本人の家。
〔品詞〕名詞
ワーサ
〔意味〕お前に。あなたに。
〔品詞〕連語
ワーダ
〔意味〕お前ら。あなた方。
〔品詞〕名詞
ワーノモノ
①お前の物。②自分の物。
〔品詞〕連詞
ワエェゴド
〔意味〕自分のよい事。
ワエサエグ
〔意味〕自分の家に行く。
〔品詞〕動詞
ワガタ
〔意味〕お前達。あなたがた。
〔品詞〕人称代名詞
ワゴド
〔意味〕自分のこと。
ワミ
〔意味〕自分。
〔用例〕「ワミいたまし」
(自分の身がいたましくて)。
【秋田】由利地方
本荘の話しことば(佐藤勵子, 1988年)わぁ
〔意味〕自分・自己
〔例〕わぁばり えばえくて
(自分ばかり良ければよくて)
本荘・由利のことばっこ(本荘市教育委員会, 2004年)
わ・わー〔代〕
①私。僕。自称。
〔例〕「わなば えがねぁ」
(自分は行かない)
②自分自身。自分。
〔例〕「子供は わなど 人など みさがえねぁ。」
(子供は自分の物と人の物とを区別がない)
③お前。あなた。
わーえのえ・わぁえ〔名〕
〔意味〕自分の家。
【岩手:旧南部領】全般
岩手方言集(小松代融一, 1959年)舊南部の部*「キ°、ケ°」は大きめの半濁点で表記
ワァ
〔意味〕自分、私
ワァ
〔意味〕君、汝
ワンキ°ァー
〔意味〕私、私の家
ワンケ°ァノ
〔意味〕私の家の
【岩手:旧南部領】北部
軽米・ふるさと言葉(軽米町教育委員会, 1987年)ワ
〔意味〕私。俺
〔古語〕我・吾「わ(わたし。われ)」。
ワァゴド
〔意味〕私のこと
〔例〕ワァゴドは心配しなくてもいい。
【岩手:旧伊達領】内陸
胆沢町史9 民俗編2(胆沢町, 1987年)わ
〔意味〕自分
わぁごど
〔意味〕自分のこと
わぁもの
〔意味〕自分のもの
【岩手:旧伊達領】沿岸
気仙方言辞典(金野菊三郎, 1978年)わ
1:自分。我。
〔例〕わァごどの心配で一ぺァだ。
2:お前。汝。
〔例〕わァ行って来たのが。
気仙郡語彙集覧稿(菊池武人, 2002年)
ワ
〔意味〕自分。我。
〔例〕「ワァごどの心配でいっぱいだ」
〔意味〕お前。汝。
〔例〕「ワァ行って来たが」
【山形】全般
山形県方言辞典(山形県方言研究会, 1970年)ワ・ワー(代)
①第二人称。お前。汝。
〔例〕
「ワ行くか」(庄内)
「ワーダ(お前たち)何してる」(北村山郡)
〔分布地域〕村山、庄内
②反照代名詞。己(おのれ)
。 〔例〕
「わあ客、人にとられ」[苦]
「わー喰うものも喰わないで」[温]
〔分布地域〕村山、最上、庄内
【山形】庄内地方
庄内方言集 おらが庄内弁(佐藤俊男, 1984年)わぁ
〔意味〕お前。君。私。俺。
〔例〕
これ〝わぁ〟さくえる(あげる)。
〝わぁ" もえぐが。
〔解説〕
また、自分のことをいいあらわす場合
もある。例へば
〝わぁ〟子どご ばっかり めごがて
よその 子供さ かもわね、などと
わぁえ
〔意味〕自分の家。また、お前の家。
〔例〕
あの男〝わぁえ〟のごどばっかり自慢してだ。
〝わぁえ" さこれ、あっがで
わぁがだ
〔意味〕お前達。
わぁだ
〔意味〕お前ら。
わぁどごさ
〔意味〕お前の家に。
わぁほ
〔意味〕お前の方。
わがだ
〔意味〕お前達。また、わがったの意もある。
わだ
〔意味〕お前ら。
庄内方言辞典(佐藤雪雄, 1992年)
ワ
〔品詞〕人称代名詞。一人称。自称。
〔意味〕僕。私。我。自分。本人
〔例〕
「ワは何んにもさねで」(自分はなにもしないで)。
〔解説〕
「ワ」は一般に対称として用いられることが
多いが、「自分」の意にも用いられているの
が庄内方言としての特徴である。
ワあるいはワレが自称対称の両方に
またがって使われてくるのは鎌倉期頃からと
言われる。
ワ
〔品詞〕人称代名詞。二人称。対称。
〔意味〕お前。君。あなた。
〔例〕
「これワさける」
(これをあなたに上げる。あなたに呉れてやる)。
ワー
〔品詞〕人称代名詞。一人称。自称。
〔意味〕我。おのれ。自分。本人。
〔解説〕
一人称ワに同じ。ワの長音化。
一般的にワーと伸ばした言い方で用いられる。
〔例〕
「他人(ひと)の物はひとの物。
ワーの物はワーの物」
(他人の物は他人の物、
自分の物は自分の物)。
「ワーのごどは棚さ上げで
ひとのごどばがり言う」
(自分のことは棚に上げて
ひとのことばかり言う)。
「ワーは動がねで」(自分は動かないで)。
ワー
〔品詞〕人称代名詞。二人称。対称。
〔意味〕お前。君。
〔解説〕
ワに同じ。ワの長音化。
一般的にワよりもワーとして使われている。
〔例〕
「こんなワーなだ」(これはあなたのです)
「ワーどいっしょ行ごで」(あなたと一緒に行きましょう)。
ワーエ
〔品詞〕名詞
①お前の家。あなたの家。
〔例〕
「ワーエさ行ぐぞ」(お前の家に行くよ)
「ワーエだば立派だんども」(あなたの家は立派ですが)。
②自分の家。本人の家。
〔例〕
「ワーエさ連れで行てごっつおしたど」
(自分の家に連れて行ってごちそうしたと)。
ワーカゲフトカゲ
〔品詞〕連語。
〔解説〕
ワーは自分以外の人。
フトは「人」であるが他人をさす。
同様の意味の語を二つ重ね、
他人に責任をかけること。
責任のがれ、責任を他人に転化すること。
(遊佐・酒田・鶴岡)。
【山形】最上地方
真室川の方言・民俗・子供の遊び(矢口中三, 1978年)ワ、ワー
〔意味〕自分。おのれ。(古語 我・吾)
〔例〕"ワ" のごど棚サあげで~。
ワエ、ワーエ
〔意味〕自分の家
〔例〕-サンゲ(に帰れ)。
ワーダ
〔意味〕自分達(=等)。
〔例〕-アスンデデ(遊んでいて)~。
続 かつろく風土記(笹喜四郎, 1984年)
わ
〔意味〕自分
〔例〕人さ させっこんだら まづ " わ " から やってみろ
【山形】村山地方
羽前村山方言(斎藤義七郎, 1934年)ワー
〔意味〕お前
〔例〕ワー ガラ スロ
(お前からせよ)
ワーダ
〔意味〕お前達
【宮城】仙台
胸ば張って仙台弁(後藤彰三, 2001年)ワ 代名詞 <我れ>
〔意味〕自分、私。
〔例〕
「ヒトノゴド イイガラ ワノゴドカンガエロ」
(人の事などいいから自分の事を考えろ)
古事記上
「嬢子(おとめ)の寝やす板戸を押そぶらひ
和(わ)が立たせれば引こづらひ・・・」
ワーバリ 名詞
〔意味〕自分だけ。
〔例〕
「アイヅ ワーバリエレエドオモッテ」
(あいつ、自分ばかりえらいと思って)
【宮城】三陸圏
南三陸地方の方言(西條弥一郎, 1984年)わぁ
〔意味〕われ・私・自分
【宮城】県南
白石市史3の(3) 特別史(下)の2(白石市史編さん委員会, 1987年)宮城県白石地方の方言と訛語(菅野新一)
わー(わあ)
〔意味〕われ(我)・おれ・おのれ・自分。
わーくずめごえ(わあくちめごい)
〔意味〕
自分の口がかわいい・
他人はどうでもよい、
自分さえ食べれば、それでよい。
〔例〕
「あの人は、まったぐ、
わーくずめごえんだべーなー。
女房や子供だずさ かしェんのも
(子供たちに食わせるのも)
えだますえ(惜しい)ようだ」。
わーばり(わあばり)
〔意味〕わればがり(我ばかり)・
自分ばかり・自分だけ。
〔例〕
「あの男は、わーばり偉えど思って、
えーちになってっけんとも
(いい気になっているが)、
だれも偉えど思ってねーや。」
わーめーぎり(わあまえぎり)
〔意味〕
自分のことしか考えないこと。
または、その人・自分本位。
または、その人。
われまえぎり(我前ぎり)からきたものか。
〔例〕
「あんなに、わーめーぎりの人間も、えねー
もんだ(いないものだ・いない)」
「あのわーめーぎりにかがって
(のことでは)、みんな迷惑すてるんだ」。
「わーくずめごえ」は独特の使い方かもしれません。
角田の方言(角田市郷土資料館, 1994年)
ワ ≪ワーともいう≫
〔意味〕我、お前、自分
〔例〕
「わの ごどばり考えでだんでは
ひとの上さ立たんねんだがんないん。」
→自分のことだけ考えてたのでは、
ひとの上に立てないんですからね。
ワーエ
〔意味〕自分の家、お前の家
〔例〕
「○○の掛軸だったら わーえに あっぺすた。」
→○○の掛軸だったら あなたの家にあったでしょうよ。
ワーメエキ゚リ
〔意味〕自分本位
〔例〕
「あのひどどきたら いっつも
わーめえぎりだがら困るんだおなんや。」
→あの人ときたら 何時も
自分本位だから困るんですよね。
白石地方の言葉(片倉信光, 2007年)
ワー
〔意味〕自分。おのれと云うこと。
〔解説〕
自分自身を云うより三人称として使う。
ワーホー・・・自分の方。
ワーメーギリ・・・
自分だけを考えて他人のことなど
サレカマネー(少しも考えない)ような
利己主義な人をいう。
「アイヅァ ワーメーギリな男だがら
議員など させらんねー」
ワーバリ・・・自分ばかり。
「ワーバリ ヒトンデ食ッテ 誰サモ
カセネー奴ダォン」
ワーというのは多分に利己的という
意味が含まれているようだ。
【福島】全般
福島県方言辞典(児玉卯一郎, 1935年)ワ【代】
〔意味〕汝(一人称を二人称にも使ふ)
〔用例〕わがわり(君が悪い)
〔使用地域〕県北・県南・浜通
この資料には福島県全般の語彙が集録されて
いますが、「わ」については二人称の用法と
してとりあげているようです。
また、使用地域では会津・中通り中部が
抜けています。
【福島】会津
会津方言辞典(1983年、龍川清・佐藤忠彦)わ【代】
(1)自分、私の
(2)お前
〔例〕(下流語)「―いい出したべぇ」
〔同義語的方言〕わー
会津只見の方言(2002年、只見町史編さん委員会)
わ・わー
1 :(一人称)自分。われ。
「クマブチ(熊撃ち)できんがなは、このムラでは-だけだ」
2 :(二人称)お前。汝(なんじ)。
「―1人でどんなんめーもの(美味しい物)食ってただ」
わーいえ・わーがえ
〔意味〕我が家。自分の家。お前の家。
「にしがごと親ってーが、しんぺー(心配)
して探してっから、早く-さもどれ」
【福島:中通り】中部(安積地方)
都路村史(都路村史編纂委員会, 1985年)ワー
〔意味〕君
【福島:中通り】南部(白河地方)
湯本山郷史 奥州白河領木地村とその周辺 上巻(星勝晴, 1973年)わー
〔意味〕汝。お前。
【福島:浜通り】北部(相馬地方)
相馬方言考(新妻三男, 1930年)ワー(代)
〔解説〕
「おのれ」が自称、対称両用に行はれると
同じく、自分、お前兼用。
オワーラ、ワーラ等と複数形の如く
言ふこともある。
〔例〕
ひとの物もワーの物もほーでぇーねぇーで
える奴あっか。
ワーばっこ食ーな。
(自分ばかり食ふな。)
ワーめぇーぎりな奴だ。
(自分本位の奴だ。)
ワエ、ワーエ。
(わが家、又お前の家。)
あのしんけたかりワーエ(わが家)さ
火付けた。
相馬郷土 風俗習慣と芸術史(斎藤笹舟, 1959年)
わァも
〔意味〕お前も
わァらも
〔意味〕自分らも、お前達も
高平方言集(2005年、高平方言教室)
ワー
〔意味〕自分・おまえ
〔例〕ワーのごどはワーでやれ
ワーメーギリ
〔意味〕自分勝手
〔例〕ワーメーギリの人だ
ワーラ
〔意味〕おまえら
〔例〕ワーラで片付けろ
ワイ
〔意味〕自分の家
〔例〕そろそろワイさ帰っぺ
大熊町方言集(おおくまふるさと塾, 2019年)
ワ
〔意味①〕自分
〔例〕ワのごどはワでやれ
〔意味②〕おまえ
〔例〕ワも食え
ワーメーギリ
〔意味〕自分のことだけ
〔例〕ワーメーギリのことしか考えねぇ人だ
【福島:浜通り】南部(いわき地方)
赤井郷土誌(赤井地区明治百年記念事業実行委員会, 1969年)わあ
〔意味〕じぶん
わんねえ
〔意味〕お前の家
いわき方言(高木稲水, 1975年)
わあ
〔意味〕自分。おのれ。相手に向っていう。吾(われ)の意。
〔例〕
「わあ やってえで なんだ」
(自分でやっていて何事だ)
渡辺町史(渡辺町史編さん委員会, 1977年)
わあ
〔意味〕自分
富岡町史 第三巻 民俗 考古編(富岡町史編纂委員会, 1987年)
ワア ワレ
〔意味〕汝・君
ワァゲ
〔意味〕あなたの家
ワァゴド
〔意味〕自分のこと
ワーラ
〔意味〕君達
いわき市小川町地方の方言(草野二郎, 1988年)
わあ
〔意味〕自分
〔例〕
しとのごったどうでもええがら、
わあのごどだげ気いつけろやえ。
いわきの方言いろいろ(ヤッチキ・ヤッペGROUP, 1999年)
わあ
〔意味〕自分
わい
〔意味〕自分の家
新潟県東蒲原郡(旧会津藩領)
奥阿賀・方言と写真(徳永次一, 1997年)ワアー
〔意味〕私、自分のこと。
編集後記
東北(旧奥州)の言語を100年後のその先へ継承していくためには、
東北方言の公用語化が不可欠です。
奥州語の文法は、各地の言語資料を基に、
広範囲に共通の用法で構成されています。
公用語化により、言語を次世代に継承できる
環境を整えていければ幸いです。
編集:千葉光