東北(旧奥州)各地の言語資料を基に、
助詞「さ」の用法について整理しました。
編集:千葉光
目次:
01. 意味02. 公用語としての用法
03. 各地の言語資料より
【青森】全般 津軽
【秋田】全般
【岩手:旧南部領】中部
【岩手:旧伊達領】沿岸
【山形】全般 庄内
【宮城】仙台
【福島】全般
【福島:浜通り】北部
【東北6県】どごさが
04. 編集後記
意味
さ
〔意味〕に、へ
〔品詞〕助詞
公用語としての用法
各地の言語資料を基に、公用語としての助詞「さ」の用法について整理しました。
①方角・方向・到着点
・東さ 行った
・右さ 曲がる
・川さ 行ぐ
・おら家さ 帰る
②動作や行動の対象
・車さ 乗(ぬ)る
・紙さ 書ぐ
・中さ 隠れろ
・皆さ 呉(け)る
・童子(わらし)さ まま(飯) 食(か)せる
・手さ 持づ
・1さ 2っこ かげる
③場所・位置
・こごさ 来え
・下さ 置げ
・学校(がっこ)さ 鞄こ 忘えできた
・眼(まなぐ)さ ゴミ 入った
④存在の場所
・後ろさ 先生 えだ
・机の上さ 本こ 置えである
・たねでだ ペンこ 引出しん中さ 居(え)だ
⑤使役の相手
・童子(わらし)さ 掃除させる
⑥動作や行動の目的
・遊(あす)びさ 行ぐ
・今夜(こんにゃ) 花火こ 見(め)さ 行ぐ
⑦対象が「人」や「集団」
・我(わ)さ 勝づ
・対戦相手さ 勝った
・優勝候補さ 1点取れば 立派だ
⑧比較の対称
・親さ 似だ
⑨疑問、不定を示す「が」を伴うときは、
「さ」が「が」の前に位置する。
・どごさが 行った
・誰さが 呉(け)る
⑩「さ」が「ち」に続くときは、
融合して「ちゃ」となる傾向にある
・こっちさ → こっちゃ
・ほっちさ → ほっちゃ
・あっちさ → あっちゃ
・どっちさ → どっちゃ
・まち(町)さ → まっちゃ
各地の言語資料より
各地の言語資料より、助詞「さ」の用法について、とりあげます。
*言語資料名の( )内は、著者・発行年
【青森】全般
青森県方言集(菅沼貴一, 1936年)助詞 第一類助詞(格助詞)--- 引用ここまで ---
「さ」(「に」と「へ」との兩意を含む。)
・正午ねこぢらさつげした。
(正午ニコチラヘツキマシタ)
・おぼこさやりへ。
(赤兒ニヤリナサイ)
・山さ来た、里さ来た。
・坊主頭さ線香三本立てて。
この資料では、助詞を、
第一類助詞(格助詞)、第二類(副助詞)、
第三類(終助詞)、第四類(間投助詞)に
分類しています。
格助詞「さ」について、
「に・へ」の両意を含むとしています。
【青森】津軽地方
津軽木造新田地方の方言(田中茂, 2000年)二年生サ十枚取れば立派--- 引用ここまで ---
〔意味〕
二年生に対して十枚も取れば立派だよ
(カルタ大会で、一年生が)
〔品詞〕格助詞
〔その他〕
格助詞「サ」の遣われ方の一つの例。
対象が人の場合である。
「吾(ワ)サ勝ヅ」「二年生サ勝ヅ」
などとも遣われ、
「吾(ワ)ネ勝ヅ」「二年生ネ勝ヅ」
と言い換えても意味は同じ。
この資料では、対象が「人」の場合に
使われる例をあげています。
【秋田】全般
語源探求 秋田方言辞典(中山健, 2001年)さ・どこさ・どさ〔格助〕--- 引用ここまで ---
体言に付いて「へ」「に」の意を表す助詞。
(1)
動作の移動方向、または帰着点を示す。
へ。に。
「飛行機ァ 東サ 飛ンデ行ッタ」
「山サ 行グ」「家サ 帰ル」
※「アッチャ 行ゲ」「コッチャ 来エ」
(2)
動作の対象・相手を示す。
人に対しては「ドコサ・ドサ」
(のところさ)ともいう。
に。へ。
「汽車サ 乗ル」「紙サ 書グ」
「オ前ドコサ 呉(ケ)ル」
「太郎ドサ 知ラセダ」
(3)
使役の相手を示す。に。
「ワラシサ 庭 掃ガセル」
「犬サ 飯(ママ) 食(カ)セル」
(4)
存在の場所を示す。に。
「ガッコ 戸棚ノ 中サ アル」
「オ前ノ 後ロサ 蛇 エル」
(5)
変化の結果を示す(鹿角だけの用法)。
に。
「晩ケ゚サ ナッタ」
〔注〕
㋑
(1)のサがタ行音を語尾にもつ語に付く
ときは、融合してチャとなることが多い。
(こっちサ)〔コッチャ〕
北秋田郡 南秋田郡 秋田市 河辺郡
仙北郡(田沢湖)平鹿郡 雄勝郡 由利郡
(そっちサ)〔ソッチャ〕
南秋田郡 秋田市 仙北郡 平鹿郡
雄勝郡 由利郡
(あっちサ)〔アッチャ〕
鹿角郡 北秋田郡 南秋田郡 河辺郡
仙北郡 平鹿郡 雄勝郡 由利郡
(どっちサ)〔ドッチャ〕
北秋田郡 南秋田郡 秋田市 仙北郡
平鹿郡 雄勝郡 由利郡
〔マッチャ〕(町サ)
河辺郡 仙北郡
㋺
「甲『ドサ?』(どこへ)
乙『ユサ』(風呂へ)」
―これは全県的に用いられ、わずかな語彙で
心の通じ合う方言会話の例としてよく挙げら
れる。ドサはドコサのコの脱落。
〔語源考察〕
(中略)
さて、サは格助詞「へ」に相当する
もので、動作の方向を示すのが
本来の用法であるが、「へ」が
動作の帰着点や動作の対象と
格助詞「に」の領域にも用いられる
ようになったのと同様に
サの用法も拡大するに至った。
サは口語の「へ」よりも広く使役の
相手、存在の場所、変化の結果にも
用いられることに注意を要する。
(2)の「ドコサ・ドサ」は
「形式名詞ドコ+サ」に基づくものであるが、
人を動作の対象とする意を示す格助詞と
することができよう。
動作の目的を示すサは、
「岩手宮古市・気仙郡 宮城加美郡・石巻
山形 福島 千葉香取郡」
〈『日本方言大辞典』〉で
「遊ンビサ 行グ」のように用いるが、
郷土ではサは用いず
「遊ンブニ 行グ」のように言う。
(「遊ビ」は連用形、「遊ブ」は連体形)
この資料では、
用法を5項目に分類してあります。
(3)(4)(5)の用法は、「へ」に置き換えられ
ないことから、助詞「さ」が、「に・へ」
双方の役割を担うことが分かります。
動作の目的を示す「サ」は、
東北の広範囲では「遊びサ 行ぐ」と
連用形に接続するのが一般的ですが、
秋田では「遊ぶニ 行ぐ」と連体形に
接続します。
尚、㋑の項目で、「サ」が融合して
「チャ」となる解説がありますが、
別項の「仙台の方言」でもとりあげて
います。
【岩手:旧南部領】中部
おでぇあたっすか-花巻方言の整理と考察-(佐藤善助, 1976年)第二部 花巻方言の特色--- 引用ここまで ---
7 助詞
(1) 格助詞
◯に(場所、動作の目的)―サ
コゴサネマレ―ここにすわれ
ケンブツサエグ―見物に行く
ヤネサアカ°ル―屋根にあがる(のぼる)
オドウトサモテガセル―弟に持って行かせる
◯へ(方向)―サ
東京サツイダ―東京へ着いた
西の方サトンデッタ―西の方へとんでいった
【岩手:旧伊達領】沿岸
気仙方言辞典(金野菊三郎, 1978年)一〇、助詞--- 引用ここまで ---
気仙方言助詞と共通語助詞とを比較すれば
次の通りである。
然し共通語助詞が
全然使われていないのではない。
これは他の品詞もそうであるが、
学校教育以前から、
雑誌・新聞・ラジオ・テレビ以前から、
純粋に気仙語としての地歩を占めたもの
であり、気仙生え抜きの年輩者が、
十分に自分の思想感情を相手に伝える
ためには、どうしてもこれに頼らねば気が
すまぬというそれが気仙方言なのである。
助詞もそういう意味で
共通語との比較対照を試みる。
(一)格助詞
(4)
共通語 :に
気仙方言:さ・ね
①場所、時間を示す。
(イ)講堂に集合せよ。
(イ)講堂さ集合しろ。
②動作の帰着点を示す。
(イ)大阪に着く。
(イ)大阪さ着ぐ。
(ロ)上空に達する。
(ロ)上空さ達する。
③作用や変化の結果を示す。
(イ)学者になる。
(イ)学者ねなる。
(ロ)毛虫が蝶になる。
(ロ)毛虫ァ蝶ねなる。
④動作の目的を示す。
(イ)手習に行く。
(イ)手習さ行ぐ。
(ロ)医者を呼びにやる。
(ロ)医者ァ呼びさやる。
⑤動作の対象を示す。
(イ)叔父に会って来る。
(イ)叔父さ会って来る。
(ロ)友達に本をやる。
(ロ)友達さ本をやる。
⑥作用の目標を示す。
(イ)弟に読ませる。
(イ)弟さ読ませる。
(ロ)大工に作らせる。
(ロ)大工さ作らせる。
大工ね作らせる。
⑦作用の原因を示す。
(イ)雨に降られる。
(イ)雨ね降られる。
(ロ)犬にかまれる。
(ロ)犬ねかまれる。
(5)
共通語 :へ
気仙方言:さ
①動作の方向を示す。
(イ)南へ向う。
(イ)南さ向う。
(ロ)奥へ進む。
(ロ)奥さ進む。
②動作の帰着点を示す。
(イ)盆へ載せる。
(イ)盆さ載せる。
(ロ)頂上へ辿り着く。
(ロ)頂上さ辿り着く。
*⑤:資料では「動作の"対称"」と表示。
当方にて「動作の"対象"」と修正。
この資料では、
冒頭の解説にあるとおり、
共通語と気仙方言の助詞を
用例をあげて比較対照を試みています。
共通語の
「に」に対応する用法を①~⑦に、
「へ」に対応する用法を①②にて
示しています。
【山形】全般
山形県方言辞典(山形県方言研究会, 1970年)E 助詞の意味・用法--- 引用ここまで ---
格助詞
(7)
場所・方向を示す共通語の
「に・へ」に対応するのは「サ」で
全県的に使用される。
「西サ向って」。
「東京サ行った姉」。
「山形サ住む」など。
使役の動作の対象とか比較の
「に」も「サ」という。
「妹サ珠算習わシェル」
「白くて雪サ似テル」
あちらに・こちらに・俺に(呉れ)の
ような場合は、
アッチャ・コッチャ・オレチャ(ケロ)
となる。
時間・結果などを示す場合は、
「に」は「エ」となる。
「三時エなると」「病気エなる」
「医者エなった」(しかし「大臣になった」
「五年前に会った」など共通語と変らない
場合もある。)
動作の目的を表す「に」を
「~サ」ということが宮城県でもあるが、
本県でも置賜地方で使われる。
「映画見サ行く」「遊びサ行く」
【山形】庄内地方
庄内方言辞典(佐藤雪雄, 1992年)サ--- 引用ここまで ---
格助詞。
①方角・方向を示す。
「に」・「へ」などにあたる。
「ひがしサむがて」(東に向かって)
「あっちサいげ」(あちらへ行け)。
②場所や位置を示す。
「に」「へ」にあたる。
「こごサおげ」(ここに置け)。
「がっこサある」(学校にある)。
「どごサいぐ」(どこへ行く)。
③ 動作や行動の目的を表わす。
「に」にあたる。
「かいサいぐ」(買いに行く)。
「みサいぐ」(見に行く)。
「あしびサくる」(遊びに来る)。
④ 動作や行動の対称を示す。
「に」にあたる。
「おれサくれ」(私にください)
「いぬサままやれ」(犬にご飯をやれ)。
⑤ 比較の対称を示す。
「と」・「に」にあたる。
「おやサにでいる」(親と似ている)。
「くらべてみっどこんなサかなわね」
(比べてみるとこれにかなわない・
これがよい)。
この資料では、用法を5項目に分類して
あります。
①②④の用法は、
前述の「語源探求 秋田方言辞典」と共通
します。
③の用法は、「語源探求 秋田方言辞典」では
「遊ぶに行ぐ」と、連体形に「に」が
接続する旨の解説がみられます。
【宮城】仙台
仙台の方言(土井八枝, 1938年)特殊な助詞の用法--- 引用ここまで ---
Ⅱ、格助詞
6、「へ」「に」、さ、ん。
方向を示すもの。
「学校さいかなけね」
(学校へ行かなければならない。)
名詞語尾がチの時は二音合して
ちゃと訛ることが多い。
「そっちさやらえ → そっちゃやらえ」
(そちらへお遣り)
疑問、不定を示すかを伴ふ時は
標準語法とその位置が異る。
「誰さかけんべ」(誰かに上げよう)
移動、推移を示す「に」はんと訛る。
「春んなったぞ」
(春になつたよ)
方句を示す用法は、前述の
「語源探求 秋田方言辞典」
「庄内方言辞典」と共通します。
名詞語尾が「チ」の時は二音合して
「ちゃ」となる用法は、
「語源探求 秋田方言辞典」と共通します。
疑問、不定を示す「か」を伴う場合の
「さ」の位置については、
「誰(動作の対象)」、「どこ(場所・位置)」
に接続する場合で、それぞれ違いがでて
くるようです。
以下、例文にて検証します。
<誰(動作の対象)>
・誰さが 呉(け)る
↓
×誰にか 上げる
◯誰かに 上げる
<どこ(場所・位置)>
・どごさが 行った
↓
△どこへか 行った
◯どこかへ 行った
助詞「に」が、「誰」に接続する場合、
×印の例文では不自然さが伴います。
一方、助詞「へ」が、「どこ」に接続する場合、
△印の例文でも、助詞「さ」と同じ位置で通用
します。(ただし、◯印の位置が原則です。)
【福島】全般
福島県方言辞典(児玉卯一郎, 1935年)第四節 助辭の語法--- 引用ここまで ---
1、格助詞
(3)サ・チャ
標準語法の場所を表すニ、方向を表すヘ
の場合には、
サを使用することが極めて多い。
ニモをサモと言ふこともある。
「どちらへ」の類には「ドッチャ」と
言ふ。
此處 サ來 え。
向ふサ渡る。
俺サモ呉いよ(私にも下さい)
(語彙篇)
サ【助】
〔意味〕へ、に
〔用例〕
「山さ行ぐ」(山へ行く)
「ほごさある」(そこにある)
〔使用地域〕縣北・中部・縣南・會津・濱通
【福島:浜通り】北部(相馬地方)
相馬方言考(新妻三男, 1930年)二、名詞の格と助詞--- 引用ここまで ---
(三)「に」に当る助詞「サ」
「サ」は元来方向を示す「ヘ」の
代用であったのだが、
それが更に「に」の場合にも
転用されてゐる。
あえつサくれた。
おれサもちんと呉んねぇーが。
山サ登る。
猫サ食わせる。
氷サ砂糖(を)かける。
伊勢屋サ泊った。
先生サ相談する。
井戸サ落した。
それは普通口語に於て
席 に へ 着く
人 に へ 頼む
手 に へ 持つ
などのやうに、
「に」「へ」の双方を用ひる結果である。
しかし「に」に比べる意、
犬に劣る。
差抑へていふ、
日に月に
受身、
彼に殴られる
等に使用される時は、
原形のままで「サ」とはならない。
【東北6県】どごさが
「仙台の方言」に、疑問、不定を示す「か」を伴う時の助詞「さ」の位置が
標準語法と異るとの解説があります。
この用法について、
「日本語方言副助詞の研究」でとりあげて
いる例文に、該当するものがみられました。
ここから、東北6県の箇所を抜粋します。
この資料では、70通りほどの例文に対し、
全国ではどのように話されているのかを
比較・検証しています。
方言資料叢刊 第8巻 日本語方言副助詞の研究
(2000年、方言研究ゼミナール)
【原文】--- 引用ここまで ---
どこやらへ引っ越したそうだ。
【東北各地の例文】
ドゴサガサ ヒッコシタンダド。
(青森県五所川原市梅田方言)
ドゴサンダヤラ ヒッコシタド。
(秋田県南秋田郡五城目町方言)
①ドサダガ ヒッコスタドヤ。
②ドゴサモンダガ ヒッコスダドヤ。
(山形県東田川郡三川町方言)
ドゴサガ ヒッコシタズ
(岩手県盛岡市方言)
ドゴサダガ イッタンダズーワンナヤ。
(宮城県仙台市宮城野区福田町方言)
ドゴサダガ ヒッコシタ ダシケ。
(福島県相馬郡小高町飯崎方言)
*下線は当方にて
原文の場合、助詞「へ」の位置は
・どこやらへ(こちらが原則)と、どちらでも通用します。
・どこへやら(例外的)
これに対し、東北の言語の法則では、
例文にあるとおり、
「ドゴ」に「サ」が接続し、
「ドゴサガ、ドゴサダガ」等と
続くのが一般的です。
特に、青森・秋田・山形の例文の場合、
「サ」がここに位置しないと、文として
成り立ちません。
編集後記
東北(旧奥州)の言語を100年後のその先へ継承していくためには、
東北方言の公用語化が不可欠です。
奥州語の文法は、各地の言語資料を基に、
広範囲に共通の用法で構成されています。
公用語化を実現することにより、
国語の東北版として、新聞記事や文書など
公的な場面で使うことで、次世代に言語を
継承できる環境を整えていければ幸いです。
編集:千葉光