奥州/東北各地の言語資料を基に、
意味・活用などを整理しました。
編集:千葉光
目次:
・意味・活用
・古語「うかる」の系統か
・各地の言語資料より
【青森】津軽 南部
【秋田】全般 鹿角 県北 県南 由利(由利郡)
【岩手】旧南部領
【山形】全般 庄内 最上
【宮城】仙台 県北
【福島】全般 会津 中通り南部
・編集後記
意味
浮ぎる(うぎる)
〔意味〕
①浮く、浮かぶ
②調子づく(浮かれる)
活用
各地の言語資料を基に、「浮ぎる」の活用を整理しました。
【活用】
※え・あ中間音は、リンクを参照
また、「津軽木造新田地方の方言」に、
「浮ぎる」の活用が載っていました。
津軽木造新田地方の方言(2000年、田中茂)
ウギル
〔意味〕浮く・浮かぶ
〔活用〕
未然「ウギね」
連用「ウギしたじゃ」
終止「ウギル」
連体「ウギル時」
仮定「ウギレば」
命令「ウギレ」
「ヘル」を付けると「ウギラヘル」となる。
「べ」を付けると「浮ギベ」となって
終止形語尾の「ル」が脱落する。
〔例〕
船ダモノ 水サ ウギベナ。
(船だもの水に浮くだろう)
古語「うかる」の系統か
「津軽のことば 第一巻」では、「浮ぎる」を、古語「うかる」の系統を
引くものとしています。
津軽のことば 第一巻(1957年、鳴海助一)
うぎる 動詞(が行上一段)。--- 抜粋 ここまで ---
「浮く・浮いてる」という
自動詞の言い方に同じ。
前項の「うきぶ」と同じ動詞のようだが、
実はそうではない。
1 水サうぎばナェ
=ウカバナェ=ウカバナイ
2 水サうぎナェ
=ウガナェ=ウカナイ
右のように、1と2とは同じ動詞ではない。
やはり、バ行の動詞とガ行の動詞である。
ただし、方言の場合は、
この二つの語が混同して用いられる。
標準の言い方のように、
六つの活用形が、正確には活用しないし、
便用もされていない。
これは、困ったことでもあり、
また、例の津軽のことばは
「なんでもテマナェグ言う」
(何事も手っ取り早く言う)という
原則からみると、むしろ、許されても
よいような面もある。
その理由は次の通り。
▲標準語の用法を調べて、もって、
「うぎぶ・うぎる」の正体を明らかにしよう。
縁遠いもので恐縮ながら、
やはり、古代の語法を例示しないと
都合がわるい。
「自」は自動詞、「他」は他動詞のこと。
イ うく
=か・き・く・け・け(自・カ四)
ロ うく
=け・け・く・くる・くれ・けよ
(自・カ下二)
右のイ・ロは、
漢字の「浮・泛」の意味で、
終止形はどちらも「うく」であるが、
自・他の用法によって、
活用の形だけはちがうのである。
太古からこの自・他の二つにわかれており、
盛んに用いられた。(用例省略)
その「イ」の名残が、
「うきどり・うきね・うきぐも・うきぶくろ」
(浮鳥・浮寝・浮雲・泛袋)などである。
「うき」の「き」に注意。
次に「ロ」の用例として、
明治以後のもの少々。
◯いざや小川のに舟浮けて、
昼の暑さを忘れてん
(文部省唱歌の一節)
◯あゝ玉杯に花浮けて・・・
(二高校歌の一節、弘前出身 佐藤紅緑作詩)
この連用形の「け」に注意。
ハ うかぶ
=ば・び・ぶ・ぶ・べ・べ
(自・バ四)
ニ うかぶ
=べ・べ・ぶ・ぶる・ぶれ・べよ
(他・バ下二)
このハ・ニが、現代口語となると、
「ハ」は
「浮かぶ・浮かばない・浮かびます」 のように、
昔のままの自動詞ハ行四段活用だが、
「ニ」は、
「浮べない・浮かべる」となって、
他動詞バ行下一段とかわるのである。
「うきぶ・うぎる」の正体は、
前項の例によって、
ほぼ明らかになったようだが、
もう一語だけ是非あげなければならない。
ホ うかる
=れ・れ・る・るる・るれ・れよ
(自・ラ下二)
これも、「浮・泛」の意味だが、
少しちがうところは、
なんとなく
「ひとりでに浮いてくる・自然に浮いている」
というような意味をもっている。
この語も極めて古くから用いられ、
古事記・万葉・源氏物語その他に
用例が多いが、
今は実例をあげる暇もないので、
その名残りとして、現代にみられる
二・三の例を示しておくに止める。
すなわち
「浮かれ胡弓・浮かれめ(女)
・月に浮かれて狸がおどる」
等々である。
なお、「うかむ」という
マ行系のものもあるが、これは、
例のバ行相通の音転化のあらわれで、
これも、相当古くから用いられた。
▲以上のことがらを要約すれば、
「浮・泛」に関係ある語は、
イ うく 。
ロ うく。
ハ うかぶ。
ニ うかぶ。
ホ うかる。
ヘ うかむ。
の六つであり、それらの中では、
現代口語に至るまでの、
途中の変化があるということである。
しからば、それらのうちで、
津軽の「うぎぶ、うぎる」に、
最も縁故の深い語はどれか。
読者は既に気づいたにちがいない。
「うぎぶ」は
「ハ」の「うかぶ」の訛りとみる。
「うぎる」は決して
「うぎぶ」の別の訛りではなくて、
実に「ホ」の「うかる」の系統を
引くものであることに注意して
もらいたい。
※シンダジャコァウギル。
○死んだ雑魚は水に浮く。
※シッカェモノケバ、ファウギル。
○しっぱいものを食べれば、歯が浮く。浮いてくる。
「うぎる」の妙味は、「ホ」の解説参照。
この言語資料では、収録語彙にある、
同じ意味の「うぎぶ」を交えながら、
「浮ぎる」について解説しています。
古語の語法を数通り例示し、
「うぎぶ・うぎる」の正体を明らかに
していきます。
終盤に、終止形が共通する
「うかる」を例示し、
「浮ぎる」を「うかる」の「系統」を
引くものとしています。
尚、「うかる」には「気持が浮かれる」
という意味もありますが、
山形・福島の言語資料に、
この意味で収録されているものが、
みられます。
語源は断定できませんが、
「浮ぎる」は「うかる」の「系統」と
捉えるのが妥当のようです。
各地の言語資料より
各地の言語資料より、意味・用例などを整理しました。
注)言語資料名の( )内は、発行年、著者名
青森(津軽地方)
津軽弁の世界 その音韻・語源をさぐる(1998年、小笠原功)うぎる
〔意味〕浮く。
〔例〕
「体がら力抜げバ、体づものァ自然と うぎるもんだネ。
ホラ、何(な)して、そ バジャバジャすのや!」
青森(南部地方)
五戸の方言(1938年、能田多代子)ウギル
〔意味〕浮ぶ。浮く。
〔解説〕
次の如き場合の他、
浮揚する意に用ゐる例が多い。
〔例〕歯が、ウギル
秋田(全般)
語源探求 秋田方言辞典(2001年、中山健)うきる〔自カ上一〕
〔意味〕浮く。浮かぶ。
〔例〕
「体 水ニ 浮ギルエニ ナッタ」
「水ニ 浮ギル 種ンダンバ ダメンダガラ、投ケ゚レ」
〔解説〕
ウキルはウクを上一段に活用させたもの。
秋田(鹿角地方)
鹿角方言考(1953年、大里武八郎)うきる
〔解説〕
浮く ノ延
浮かす ヲ うきらせる、
浮いた ヲ うきた 等
常ニ うき ヲ 語根トシテ
活用セシムル
此ノ地ノ方言ニ於ケル
変格ノ一ナリ。
秋田(県北)
男鹿寒風山麓方言民俗誌(1971年、吉田三郎)うぎる
〔意味〕浮く。
〔例〕「おれ この頃 歯が うぎる でば。」
田代町史資料 第四輯 田代町の方言(1983年、秋田県田代町)
ウギル
〔解説〕
浮くのことである。
水に浮く、宙に浮くなど、
ウギル、は、浮くの活用形である。
二音節が濁音に転じている。
秋田(県南)
おらほの言葉 西木村(1997年、佐藤ミキ子)ウギダ
〔意味〕ういた。浮き上った。経費などに余裕ができた。
ウギル
〔意味〕浮かぶ。
秋田(由利)
本荘・由利のことばっこ(2004年、本荘市教育委員会)うぎる
〔意味〕浮く
。 〔例〕「しじでだ あみ うぎできた。
(沈んでいた網が浮いてきた)
〔解説〕他動詞「浮かす」に対し、自動詞「自然に浮く」を意味する語。
岩手(旧南部領)
岩手方言集(1975年、小松代融一)ウギダ 〔意味〕浮いた
盛岡のことば(1981年、佐藤好文)
ウギル
〔意味〕浮く。浮かぶ。
「白玉は煮えると うきるから網杓子ですくえばいい」
種市のことば 沿岸北部編(1989年、堀米繁男)
うぎる〔浮きる〕
うぎらがす〔浮かす〕
山形(全般)
山形県方言辞典(1970年、山形県方言研究会)ウ・ぎル(上一)注)「ウ・ぎル」の「ウ」が語幹
〔意味〕
①浮く、浮ぶ。
〔例〕「水の上にウぎでいる」
〔分布地点〕全県的
②青梅など酸っぱい物を食べて歯が浮く感じになる。
〔例〕歯がウぎだ(ういた)」。
〔分布地点〕全県的
山形(庄内)
あつみ温泉の訛語と方言(1981年、和島泰賢)うぎだ 〔意味〕浮いた
うぎる 〔意味〕浮きる
庄内方言集 おらが庄内弁(1984年、佐藤俊男)
うぎだ
〔意味〕ういた。
〔解説〕
"ういだ"ともいう。
宴会さえって折箱もらってきたもんだはげ、
あしたの弁当ぜ"うぎだ"。
この場合"ぜ"とは、おかずのこと
庄内方言辞典(1992年、佐藤雪雄)
ウギダ
〔意味〕浮いた。浮き上った。時間・経費など余裕が出た。
〔例〕
「あれ かわねさげ なんぼが ウギダ」
(あれを買わなかったのでいくらか浮いた)
ウギル
〔意味〕浮く。浮かぶ。
山形(最上)
真室川の方言・民俗・子供の遊び(1978年、矢口中三)ウギル
〔意味〕
①浮く。浮かぶ。
②歯が浮き上がるような気がする。
〔例〕歯ウギル。
続 かつろく風土記(1984年、笹喜四郎)
うぎる
〔意味〕浮きる
〔例〕水さ うぎった
続及位(のぞき)の方言(1987年、高橋良雄)
うげる うぎる
〔意味〕浮く。
〔例〕
1.「きのは みずさ うげる=木の葉が水に浮く」
2・「こんげつあ けいひあ うげだ=今月は経費が浮いた」
3・「わらしたずぁ うげできた=子供らが浮いてきた」
宮城(仙台都市圏)
仙台の方言(1938年、土井八枝)うきる
〔意味〕浮く、うかぶ。
〔例〕
「白玉団子ゆでてんのすか、にえっと うきっ からな、
うきたら 網杓子ですくわえ」
(白玉団子をゆでてゐるの、それは煮えると浮くからね、
浮いたら網杓子でお掬ひ)
「なーんだ、笹舟 うきねうち 沈みした」
(あらあら笹舟が浮かない中に沈んでしまった)
宮城(県北)
細倉の言葉(1956年、世古正昭)うきる
〔意味〕浮ク、浮カブ
〔例〕「木ノ葉ガウキル」(木の葉が浮く)」
福島(全般)
福島県方言辞典(1935年、児玉卯一郎)ウキテ
〔意味〕浮いて
〔地方〕中通り北、南、会津
ウキル
〔意味〕たはむれる
〔地方〕会津
福島(会津)
会津方言集(1978年、菊地芳男)うきる
〔意味〕浮いている
〔例〕水あび上手になって うきるようになった
うきる
〔意味〕はしゃぎたわむれる
〔例〕やかましぞ、うきていんな
会津只見の方言(2002年、只見町史編さん委員会)
うきる
〔意味〕
① 浮く。
② たわむれる。
③ はしゃぐ。調子づく。
福島(中通り南部)
湯本山郷史 奥州白河領木地村とその周辺 上巻(1973、星勝晴)うきる
〔意味〕子供がうきうきしてさわぐに言う。
酸っぱい果実を過食し歯がうきたと言う。
天栄村史 第四巻 民俗編(1989年、天栄村史編纂委員会)
うきる
〔意味〕酸っぱい梅などを食い歯がうきた
編集後記
東北(旧・奥州)6県の言語を後世に継承していくためには、
東北方言の公用語化が不可欠です。
奥州語の文法は、
東北6県の言語資料を基に、
広範囲に共通の用法で構成されています。
公用語化により、東北の言語を
次世代に継承できる環境を
整えていければ幸いです。
編集者:千葉光