各地の言語資料を基に、「返(げァーり)
」の語源について整理しました。
目次:
01. 語源
【岩手】岩手方言の語源
【秋田】語源探求 秋田方言辞典
【津軽】津軽語彙 第17編 平安文学と津軽語彙
02. 編集後記
【参考】返(げァーり):用法編
語源
各地の言語資料では、「返」の語源を、古今和歌集・源氏物語などにみられる
「かへり」に求めています。
ここでは、語源について解説のある岩手
・秋田・津軽の言語資料をとりあげます。
岩手
岩手方言の語源(本堂寛, 2004年)ゲァーリ
〔意味〕回。度
〔解説〕
一度、という時はヒトゲァリ
三度、という時はミゲァリ
と言う。
このように、数を表わす言葉に付けて回数
を言う。原形は「かえり(返り)」である。
〔例〕
「アノ ヤマサバ フタゲァリ ノボッタナー」
(あの山には二度登ったなあ)
平安時代中期の『古今和歌集』に「今すべ
らぎ(=天皇)の天の下しろしめす(=お
治めになる)こと、四つの時(=春夏秋冬)
、ここの(九)かへり になんなりぬる」と
あり、天皇の天下の統治が行き届いて九年
も続いた、と述べている。
同じ時期の『源氏物語』にも「ふたかへり
ばかり歌ひたるに」とあるので、古くから
かなり一般的に使われていたようである。
《補足》
見出し語の「ゲァー」は、「え・あ中間音」
の長音です。
この資料では、「古今和歌集」から「ここの
かへり」を、「源氏物語」から「ふたかへり」
を引用し、当時、中央では一般的に使われて
いたことを指摘しています。
秋田
語源探求 秋田方言辞典(中山健, 2001年)かえり・かえれ〔接尾〕
〔意味〕回数を表す。回。度。
〔ゲァリ〕
山本郡 南秋田郡 秋田市 河辺郡
仙北郡 平鹿郡 雄勝郡 由利郡
〔ケァリ〕雄勝郡
〔ギャリ〕北秋田郡 仙北郡
〔ゲリ〕山本郡 南秋田郡 由利郡
〔ゲァレ〕南秋田郡
〔ケレ〕南秋田郡
〔ゲレ〕山本郡 南秋田郡
〔例〕
「アコサンダンバ ヒトゲァリ 行ッタ ゴド アル」
〔語源考察〕
かえり〔返〕〔接尾〕
数や、数の不定を表す和語に付けて、回数
を表す。たび。回。度。
*古今-仮名序
「いますべらぎの天の下しろのしめすこと、
四つのとき、ここのかへりになんなりぬる」
(平安前期)
*源氏・若紫
「ふたかへりばかりうたひたるに」
*増鏡-八・あすか川
「御酒(みき)いくかへりとなくきこしめさる」
(南北朝期)
〈『日本国語大辞典』〉
―〔ゲァリ→ゲァレ→ゲレ〕と転じたもの。
〔注〕
能代では二回~一〇回は、
フタゲリ、ミーゲリ、ヨーゲリ、エヂゲリ、
ムーゲリ、ナナゲリ、ヤーゲリ、コゴノゲリ
、トーゲリ。
他でも大体これに同じ。
(『採録能代弁』)
→ひとかえり、なんぼかえり
《補足》
見出し語を「かえり・かえれ」としてい
ますが、実際の発音は「ゲァリ・ケァリ
・ギャリ・ゲァレ」などと表記していま
す。
この資料では、古今和歌集から「ここの
かへり(九回)」、源氏物語から「ふた
かへり(二回)」、増鏡から「いくかへ
り(幾回)」を引用し、見出し語の語源
については、これらが転じたものとして
います。
津軽
津軽語彙 第17編 平安文学と津軽語彙(松木明, 1969年)ゲェリ(接尾)*新古今和歌集(鎌倉時代初期)
〔意味〕たび。度。回。へん。カエリ(返り)の転訛。
(中略)
平安文学にみられるのはもちろん転訛しない
カエリでかげろふの日記、更級日記に各1例
、源氏物語に6例みられる。またのちの新古
今和歌集や金槐和歌集にもみえる。
新古今和歌集 十 恋歌一
「いくかへり さき散る花を詠めつゝ
物思ひくらす春にあふらん」
〔古典 221〕
金槐和歌集 下 雑部
「幾かへり行きの嶺のそみかくだ
すゞかけ衣きつゝなれけむ」
〔古典 412〕
2、更科日記 竹芝寺
「かしこまりて かうらんの つらにいり
たりければ、いひつること、今一(ひと)
かへりわれにいひて聞かせよと
仰せられければ、酒壺のことを、いま一
かへり申しければ」
〔古典 483〕
4、源氏物語 篝火
「ふたかへりばかり うたはせ給ひて、
御琴は、中将にゆづらせ給ひつ」
〔古典 三 42〕
7、源氏物語 竹河
「女のことにて、呂の方は、かうしも合は
せぬを、いたしと思ひて、いま一かへり、
をり返しうたふを」
〔古典 四 260〕
*金槐(きんかい)和歌集(鎌倉時代前期)
*更級(更科)日記(平安時代中頃)
*源氏物語(平安時代中期)
篝火(かがりび)、竹河(たけかわ)
この資料では、平安文学に見られる「かへ
り」は、かげろふの日記、更級日記に各1例
、源氏物語に6例、新古今和歌集や金槐和歌
集にも見られるとしており、これらの文献か
ら計10例をとりあげています。
(ここでは、そのうち5例を抜粋)
見出し語「ゲェリ」の語源については、
これらの文献に見られる「返り」の転
訛としています。
編集後記
東北(旧奥州・旧日高見国)の言語を未来へ継承していくためには、公用語化が不可欠で
す。
当方の提唱する「奥州語の文法・表記法」は
国語の東北版として、東北各地の言語資料を
基に、東北の広範囲に共通の用法で構成され
ており、書き言葉として文書や記事などに使
うことを想定しています。
尚且つ、東北全土の言語に対応していること
から、東北各地の言語の地域公用語化も視野
に入れています。
「奥州語の文法・表記法」が、東北各地の言
語を未来へ継承するための原動力となれば幸
いです。
編集:千葉光